零の旋律 | ナノ

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「虚は私が引き留めるから、さっさと移動しろカイヤ」
「さっさと? 誰に向かって言っているの?」

 命令口調の双海に対して、大胆不敵な言葉でカイヤは返す。杖が砂の上を叩くと同時に、魔法陣が具現し輝きを増す。眩い光はこの世界から闇を取り払うかの如く。眩きに散りゆく数多の輝きは一つ一つが、煌々とした光を放つ。光が収まり、夜が戻ってくるころには、そこには誰もいない。栞を除いて――。

「栞、お前も逃げるといいよ。雛罌粟はすでに避難している」

 螺旋階段上からの言葉に、栞は頷く。結界術師である雛罌粟が螺旋階段以外の場所から逃げられた理由は容易だ。虚が逃がしたからに他ならない。魔術による移動手段を持たない雛罌粟とは違い、栞には影を使った移動が可能だ。影がある場所であり、視界に入る範囲内であればどこにでも影を伝って一瞬のうちに移動することが出来る。栞の視線は螺旋階段へ向くと同時に姿を消し、姿を現すよりも早く次の影へ移動する。それを繰り返すことで瞬間移動にも等しいことが可能だ。
 あっという間に、罪人の牢獄に残っているのは虚と双海だけになった。最期の楽園は猛威を振るい、螺旋階段すらも飲み込むだろう。時間的猶予はない――尤もそれは双海に限った話だ。不老不死であり、且つ最期の楽園が存在した時代に生まれている虚には効果がない。その場に立ちすくんだところで何だ害を与えるものではない。むしろ清浄に浄化しているものを毒と表現することすら、場違いで見当違いで筋違いなのだ。毒だと表現すれば、当時の人々にとってはさぞ業腹なことであろう。

「全く、仕方がない――」

 螺旋階段を無視して宙に浮いている虚は人形を操り双海へ攻撃を仕掛ける。しかし、それは途中で無数の蔓――、一見すると梓の攻撃かと紛うほどのそれが人形の行く手を阻む。人形の手に握られたレイピアが蔓を一閃するよりも早く蔓は増殖し続ける。しかも蔓は、花を咲かすように葉が無数に現れる。双海は葉の上に登り足場を広くした。そうでもしないと狭い螺旋階段で戦うには分が悪い。とは言え、幻を現実へ具現化する力がある水霧双海にとって、場所というものが明確な不利をもたらすものではない。だが、偽物を腐敗される最期の楽園の前では双海の幻術も意味をなさないだろう。
 しなやかな指先が前に出ると同時に、無数の光が現れる。本物よりも輝く光は、幻とは思えない力強さがある。無数の光が虚を拘束しようとして鎖へ変貌を告げる。数多の鎖が虚を捕えるよりも早く、銀の粉が虚の身を守り、鎖は錆がついたかのように付き、脆く崩れ落ちて行く。光の鎖は途中で幻へと還る。

「本当に、歴代の水霧の中で君は間違いなく最強だね」
「それは、どうも」
「幻を具現させる力は、タイムラグが必然的に生じてしまう。どれほど熟練の幻術師だろうとそれは避けて通れないものだ。事実、君が物体をイメージする時間は生じている。だが、それを不利としないほどに君のタイムラグは少ない」


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