零の旋律 | ナノ

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「成程ねぇ。まぁ元々今の白銀には対して期待はしていなかった以上、裏切られたという意識はたいして持ってはいないが」

 虚にとって、白銀怜都の存在は元々危ういとして認識していた。何故ならば、怜都が心から大切にしているのは白銀家の歴史でも宿願でもなく、翆鳳院海璃という一人の存在。海璃の生命が危機に瀕せば――危機に関わらず海璃を害する存在がいるとするのならば、怜都は容易に今までの立場を翻して牙をむく。

「しかし、邪魔だてしてほしいとは思っていない」

 凍てつく視線を受けてもなおのこと双海はゆったりとした態度を崩さない。最も――双海が虚と対等に戦えるとは思っていない。虚との実力差は認識している。だからこそ双海が一番に考えているのは、怜都にとって世界で一番大切な存在である海璃を守ることだ。その為に散らす命ならば惜しくはない。そう双海は思っている。怜都と初めて出会った時から、この命は怜都のために使おうと決心したのだ。
 元々、双海の実力は歴代の水霧家の中でもずば抜けていた。だからこそ――怜都に出会う前の双海は白銀家に仕える気持ちはさらさらなかった。態々下手に出てかしこまる必要性を感じられなかった。それほどの実力を双海はすでに有していた。
 だが、怜都に出会って気持ちは一変した。怜都に仕えて行こうと忠誠を誓ったのだ。別に怜都の力が双海を圧倒するものだったからではない。実力は拮抗しているだろう。それは今も昔も変わらずに。ただ、数多の屍の上に立つ怜都の姿を一目見た時に鳥肌が立った。瞳が、心が怜都の姿に釘づけになったに過ぎないのだ。

「邪魔だてするに決まっているだろう。海璃に危険が及ぶのなら。それは私の独断だ」

 断言すると同時に虚の周りに鎖で連結された光の刃が姿を現す。虚は口元を歪めて周辺に銀の粉を漂わせると同時に、等身大の包帯で巻いてあった人形を解き放つ。

「ならばかかってくるといいさ。幻術師水霧双海」
「幻は所詮偽物でも、偽物だからこその効果を発揮するのさ。人形が人間になれないように――人間が人形になれないように」

 ――海璃、逃げろ
 双海はそう耳打ちしてから、前へ踊りでる。螺旋階段の手すりの上へ足場を双海は移動する。
 海璃は双海の言葉に従って階段を上る。海璃の位置では、カイヤの元までたどり着くよりも、自ら上へ逃げた方が早い。


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