零の旋律 | ナノ

第十話:裏切りすら構わない


「邪魔を――しないでほしいね。翆鳳院」

 突如として響くしかし心が鷲掴みにされるような冷たい響き。視界には銀の粉が幻想的に舞う。
 螺旋階段の上、宙に浮いてそれは姿を現す。疎らだった銀の粉は一つの形を作る。輝く銀色の髪、全身を黒のコートで覆い、シルクハットの帽子を被った他者を魅了するような中性的な美貌を持つ虚は優美に具現する。瞳から発する殺意は海璃へ向いている。余裕癪癪な表情でありながら、不快感を現す眉に繚はすぐさま反応してレイピアを抜いて虚へ斬りかかるが、虚は軽く手を払うだけで繚はひっくり返ったようにさかさまになったまま――螺旋階段から地面へ向けて落下する。バランスを取る余裕もなかったが、しかし繚の身体は砂へ激突することはなかった。落下している途中で、柔らかい水のクッションのような物が姿を現し優しく繚を包み込んだからだ。

「な――!?」

 そのことに一番驚いたのは繚本人だった。水は花弁のように開花していき、ゆっくりと繚を地面へ下ろす。
 虚は繚を攻撃した後すぐに海璃への攻撃を図ったが、途端、嫌な予感がして後方へ飛ぶ。すると、踏み出そうとしていた先に光の刃が無数に突き刺さっていた。対象に当たらなかったと知ると否やすぐに霧散する。

「この術は水霧だねぇ。全く邪魔をしてくれる」

 螺旋階段からゆったりした歩みで慌てることなく下ってくるのは、水色の髪を靡かせ、腕には白の布をストールのようにかけている青年、水霧双海だった。

「翆、大丈夫?」
「えぇ、有難うございます。繚は?」
「大丈夫だよ」

 海璃を守る騎士として双海は並ぶ。

「邪魔をしないでほしいねぇ。水霧。それにしても裏切るのかい? 君たちの主は未だ此方側についてるはずだが」
「虚が海璃に手をかけようとした時点で、怜都がどちらへ転ぶかなんて目に見ているさ。だったら最初からどちらにつくかなんて簡単だ」

 端正な顔が微笑めば世の女性を虜にしてしまいそうなほど優美だ。だが、そんな笑みが虚に通じるわけがない。


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