零の旋律 | ナノ

第九話:異変


 大地に色をつける緋色の花が芽吹く。一つ、また一つと咲き乱れていく。

 突如としてそれは起こった。

「何だ!?」

 朔夜の叫びに、栞は数本指と指の間へ挟んだ光を通さないナイフを律へ投擲しながら、朔夜の方を振り向く。果たして――砂の色が変色していた。その変色は徐々に此方へ浸食してきている。
 刹那、栞は理解する。腐敗。猛毒。それこそが世界を滅ぼす“力”であり“毒”だと。この世界に残った本物の自然の威力。偽物を滅ぼすオリジナルの力だ。
 此処で彼らを待ち伏せすることになった時、銀髪は栞に対して自然が解き放たれた時すぐに退避しろと言っていた。だが――と栞は躊躇する。何れ皆死ぬ。ならば少しでも長く留まって――“友達”が少しでも苦しまないように殺してしまった方がいいのではないかと。それでも決断に移せないのには、まだ生き伸びる可能性が残っているうちに殺してしまってもいいかと思いが鬩ぎ合う。

「……オリジナルの猛毒か!」

 朔夜の叫びに気がついたのは栞だけではない。全員の視線が変色した砂へ移り、泉が珍しく焦った声色で叫んだ。対策を練ろうとしても、対策がわからない。
 最期の楽園から発せられる自然は、唯一純粋なる自然であるが故に、人工的に作られた自然にとってそれは猛毒であるのだ。だからこそ、毒を食い止めるのには純粋さを偽物にしなければならない。
 ――だが、どうやって。
 情報屋の力を持ってしてもそれはわからない。
 動こうと思っても身体は痛みで休息を訴えている。休んでいる暇など何処にもないのに。

「どういうことだ」
「触ったら……駄目だよな?」
「だろうな」

 篝火は眉を顰める。何が起きたのかはわからないが、それは人が触れていいものではないように思えた。砂の変色、それは腐敗というよりも――浄化されているような、そんな印象を抱く。
 故に、触れれば人の存在そのものも浄化されそうな――不吉な予感が篝火の心を過るのだ。

「……是が多分、虚偽の言っていた世界を滅ぼすという意味なんだと思う」

 朔夜は静かに告げながら、直感した。この方法なら世界を滅ぼせると。
 清浄過ぎる力は猛毒と化し、偽りで作り上げられたこの世界は耐えきれない。一度滅びかけたからこそ、最期の楽園が力を発揮するのだ。否、発揮しているわけではない。 ただ、結界から解き放たれて溢れんばかりの清浄な空気が自然に流れているにすぎないのだ。
 何という力だろう、最期の楽園がこの瞳に見えないのに、見えない力に捕らわれたように心が動かない。


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