零の旋律 | ナノ

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「そうか」
「あぁ。なら、俺も『もしも』を訪ねよう」
「なんだ?」

 もしもの問いかけに意味があるのかはわからない。けれど意味がなくても構わない。言葉を交わすのは最期なのだから。

「もしも、俺たちが泉夜の血を色濃く受け継ぎ、銀髪と紫目で生まれてきたのならば、泉夜は玖城から脱する時に、俺たちも連れて行ったか?」

 黒き霧に包みこまれないように、泉夜は透明で光に満ち溢れる結晶で黒き霧を閉じ込める。黒は光の力を受けて蒸発する。しかし光は力を失い霧散した。

「あぁ連れて行った。断言出来る」
「そうか」
「玖城で生まれながら玖城の姿をしないことに辛さは俺が一番理解している。だからこそ、漆黒でなければ俺は連れて行った」

 馨を失った悲しみと絶望の中で、それでも息子と娘の存在を泉夜は無視しなかっただろう。
 だが、現実には泉も郁も泉夜の血を濃くは受け継がなかった。だからこそ、泉夜は玖城である二人を置き去りにして見捨てた。
 どちらの結末を選んだとして、何が変わったかはわからないし過去に戻れない以上もしもの問いに意味は持たない。だが、泉夜も泉もお互いの返答に満足がいったのかは甚だ謎だが、それでも笑っていた。
 刃を向けて笑みを浮かべた時の残酷な笑みではなく、ただ心から感情を偽ることもせずに浮かべた笑みだ。
 それだけで――二人とも満足だった。
 だからこそ、攻撃の手は止まない。和解をしたわけではない。仮に和解をしたとしても二人は手を休めない。決着をつける方法をこれ以外に知らないし、これ以外をお互いに求めようとはしなかった。
 どちらが勝とうが悔いはないとお互いに確信している。玖城を捨てたものと玖城であり続けたもの。父親であり息子。鞭が砂を抉り、蛇がはいずり回ったような後を残す。
もう言葉を交わす必要はない。『もしも』をかわした段階で、終わりだ。もしもは決して訪れることのない空想の産物。空想したのならば、後は現実を見据えるだけ。戦いの幕を下ろすのみ。
 数多の結晶が宙に浮く。数センチ程度のものもあれば、一メートルを超えるものもある。
 結晶は砕け散りガラス片のように凶器と化して無数の嵐となり泉に降り注ぐ。
 鞭では相殺しきれないと判断した泉の対応は早かった。泉を守るように黒の結界が現れる。魔法陣は黒の光を放ち、光が入ることを拒む。だが、一点に集中して降り注いだ 結晶の欠片までは防ぎきれず侵入を許してしまい、泉の身体に無数のかすり傷を作る。殺傷能力自体は低い泉夜の攻撃だが、その代わり攻撃が有効な範囲は広く手数も多い。かすり傷とて痛みは勿論ある。何度も食らうわけにはいかないだろう。
頬から流れる血を泉は服で拭い去る。


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