W 「ほん……と?」 「嘘は言わない。――幼馴染だろ?」 「……馬鹿だね、エンちゃん。君が捨てる必要なんて、何処にもないじゃないか」 この空間だけ、時がとまった錯覚に陥る。静寂な空間、周りの騒音など耳に入らない。 「君が、僕を守ってくれる必要もない」 だけど、と続ける。安からな表情、穏やかな表情。狂気に身を委ねてから、初めて昔のカイヤが戻ってきてくれた笑顔。 「有難う。エンちゃん。僕はそう言ってもらえただけで嬉しい」 ――けどね、エンちゃん。今さら逃げ出してもいいなんて、そんな無責任なことは出来ないよ。僕が仕出かしてきたことは、それは雅契で生きてきたからもしれないけれど、でもそんなことは関係なく僕がやったことでしかないのだから。 ――今さら、昔に戻るわけにはいかない。別の道を選ぶつもりもない。 「だから、エンちゃん。僕は――」 離れてしまう。昔に戻ったのに、それでもカイヤは別の道を歩むことを止める。汐は直感出来た。透明になるわけじゃないのに、粒子になるわけじゃないのに掴んでいる腕を掴めなくなりそうになる。 「僕は満足だ。僕はだからこそ、雅契を捨てるわけにはいかないよ。君が捨てていいと言ってくれたからこそ僕は雅契に留まる」 別れの言葉でもないのに、それが別れの言葉のように聞こえる。思わず身体を引き寄せる。 「いいのか、逃げる機械なんて沢山あるようで、無いだろう」 「うん。いいんだ、だってエンちゃんも鳶祗でしょ?」 「まっ、そりゃな」 「結局、何処まで行っても捨てるなんてことはきっと僕たちには出来ない。出来ないと思えるほどもう僕らは染まってしまっているんだ」 肩をすくめて笑う。カイヤと正面から話をしたのは一体何年振りだろうか。 「だから、エンちゃん。僕に協力しなよ」 「あぁ、勿論だ」 「じゃないと、鳶祗も雅契も存在しなくなるからね」 「だな」 苦笑する。このまま何もしなければ遠からず世界は滅ぶ。妄想でも、流言飛語でも、幻でも夢物語でもなんでもない、現実に起こりえようとしていることだ。 目をそむけたらその瞬間死が待っているような、場所。 世界を滅ぼすだなんて、おおよそ達成不可能なことを、不可能を可能に変えてしまうことが出来る不老不死が相手なのだ。 この時初めて、雅契と鳶祗が本当の意味で手を組んだ瞬間だった。 [*前] | [次#] TOP |