零の旋律 | ナノ

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「どうしてさ」

 沈黙を打ち破ったのはカイヤだ、その顔には悲痛さが漂っていた。カイヤが意図して作った表情ではない、カイヤが意識して作った表情でもない。無意識に、感情と表情が合致して作り上げたのだ。

「どうして、エンちゃんは僕に構うの? 僕に構う必要はエンちゃんにはないじゃない!」

 それはカイヤが以前より抱いていた疑問であり恐怖だ。何故ならば、殺そうとしても、毒殺しようとしても汐は常に笑って受け流した。決して怒りを見せることも仕返しに来ることもましてや殺しにくることもなかった。恐怖だなんてカイヤは決して認めないだろうけれど、それでもそれは確かに存在していた――答えを聞くのが怖いという恐怖。

「それは、お前だからだろう」
「わけ、わかんないよ」
「そんなもん、最初に出会った時から守ってやりたいと俺が思ったからだ。いくらお前が強くなっても強がっても――それでも、あの時の、助けを求めていた頃のお前を俺は知っている、だからだ」

 雅契の闇からカイヤを助け出すことが出来なかった。助けてやりたかった。その思いが根強く残っているからこそ、今の汐はある。

「……ばっかみたい。あの頃はともかく、今の僕は助けられるほど弱くなんてないんだから! 今の僕は、今の僕はエンちゃんを殺したくてたまらないんだから!」

 カイヤの周りに赤の魔法陣が具現すると同時に、黄金に輝く粒子が中心にいるカイヤより手前に集中して、一つの形を作り出す。虎とも狼とも形容出来そうな形の存在。

「だから、僕に殺されろ! ――鳶祗!」

 カイヤの叫びとともに、虎狼は空を蹴って走り出す。殺すべき存在、汐の元へ。焔の龍よりも遥かに高難易度の術をカイヤは連発すると同時に

「ばーん!」

 無邪気で、子供っぽい叫びとともに火の玉が降り注ぐ。

「御免だ。俺はカイヤに殺されるつもりはない。そして俺もカイヤを殺すつもりはない」

 カイヤに殺されてしまえば、そこで終わってしまうから。

「何、わけわかんないことを言っているのさ。僕と鳶祗は元々殺し合う仲じゃないか」

 歪み狂った表情をカイヤは自然と浮かべていた。
 鳶祗――そう呼ぶ時のカイヤを汐は知っている。それはカイヤが本気になった証。本気で汐を殺していることの証拠であった。


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