第七話:ずっと云いたかったこと +++ まどろみのなかで必死に手を伸ばす。上へ上へ、いつかはそこから抜け出せると信じて。 けれど、何時まで経っても抜け出せなかった。上へ這い上がればその分だけ上が遠くなる。手を伸ばせば何時かは届くと思う空は、何時までも遠く手に触れることはない。だが、這いあがらなければその下は――海だった。真っ赤に染まった。そして、力尽きた時――海へ捕らわれる。 雅契カイヤは罪人の牢獄の中で存分に魔術を放っていた。本来ならば詠唱をすることが常識である魔術――それも高位の術を軽々と扱う。焔が龍となり、汐を焼き殺そうと烈火のごとく襲いかかる。 しかし、汐にとってその術は見なれたものであった。 だからこそ、汐はその術の回避方法を熟知しているつもりではあったし、そもそも身体能力が高い汐は初見の術で会っても交わす自信はあった。 だが、それでも汐にカイヤを殺すという殺意は存在しない。いくら毒殺されかけようとも、いくら殺されかけても――殺されなかったし、また恨みを抱くことはなかった。 何故、と問われればそれはカイヤだから、としか答えようがなかった。 「あはははっ、もうエンちゃんったらしぶといんだから! 怱々にくたばっちゃってよ!」 カイヤの笑い声。狂気に身を委ねれば心が楽だから、その道を選んで戻り方を忘れてしまった。 「まだ、死ぬのは御免だな」 「何それ、エンちゃんのくせに生意気!」 火力が上がり、焔の龍は分裂して増殖する。汐は身軽な動作で猛攻を交わし続ける。殺意がない以上、下手に攻撃するわけにもいかない。最も、カイヤはカイヤで数多の修羅場をかいくぐっている。汐と同様に戦闘に手慣れている。いくら身体能力や武器を扱う面でカイヤが汐に劣ろうとも、同様に汐は術を扱うことに関してカイヤの足元にも及ばないほどに劣っているのだ。だからこそ拮抗と均等が生まれる。 「カイヤ、お前は本当にその道のままでいいのか」 戦っている時だからこそ、話せる言葉もあると汐は意を決して問い掛ける。 「一体何のことを言っているのー? 僕は僕がそれをしたいから選んだに決まっているじゃん」 それを嘘と否定するつもりはない。それは紛れもなくカイヤがカイヤ自身の手で選んでいるからだ。けれど、汐にとってはその道のままいてほしくないのだ。退き戻る道はもう存在しないのならば、かすかに枝分かれしている新たな道に進んでほしい。 「カイヤ」 「……何」 「カイヤ」 名前を呼ぶ言葉がやけに重く、苦しい。 「……何さ、エンちゃん」 焔の龍が一瞬動きを鈍くしたのを汐は見逃さない。剣で真っ二つに切る。火の粉が汐に降りかかるが、手で軽く払う程度で気には留めない。熱くもなんともない。火の粉は術の残骸だ。 [*前] | [次#] TOP |