T 「逃がすとでも思うのかい?」 圧倒的優位な者が発することが出来る絶対的自信に満ち溢れた言動。虚の周りには侍るように三体の精巧に作られた人形がいた。やや離れた場所では雛罌粟が手を出さずに観戦している。 海棠が剣を構えるよりも早く、潤が一歩前に出る。 「例え勝ち目がなくとも、逃げ道を作ることくらいは可能だろう」 堂々と語る姿は頼もしい、の一言に尽きる。 「逃げ道を、撤退する術がないような私たちではない」 「まぁ、そうだろうねぇ。元々防御に長けた雪城眞矢とは言え、私の攻撃を回避し、且つ致命傷を避けるだけの力があったのは予想外だったよ」 虚にすれば珍しい称賛の言葉ではあったが、それを光栄に思う余裕は誰にもない。 一秒一秒が死と隣り合わせ。虎に睨まれた狐のような錯覚に陥る。 誰もが虚の思い通りに動かされるような、そんな人形になった気分になる。 「海棠、逃げろ。私が援護する」 「わかった」 海棠が雪城をお姫様だっこする。抵抗を雪城がすることはなかった。その方が効率的だからだ。剣は閉まった。逃げることだけに専念する。背後は振り向かないで一目散に逃げ出す。 虚の攻撃が迫る時は潤がサポートして、それらを銃弾で全て撃ち落とす。並はずれた技能だが、それでも虚には及ばない。例え自分自身が怪我をしようともそれが致命傷ではないのなら、構わない。無傷でこの場を脱することは不可能だと第六感が告げている。 此処で相手が銀髪だったら技能以前に簡単に逃げられたのだろうし、仮に銀髪が虚と同様強かったとしても、銀髪なら物語を動かすための駒として逃がしたことだろう。 けれど、銀髪と虚は肉親であっても考え方は違う。甘さがある銀髪とは違い、虚には甘さなど持ち合わせていない。何処までも冷酷で残酷になることが出来る。 それでも、海棠たちが、虚の人形たちから逃げきることが出来たのはひとえに実力があったからに他ならない。 虚も虚で、最期の楽園から足を踏み出そうとはしなかった。彼女にとって重要なのは雪城たちを始末することではなく、この場所を守り抜くことだ。 海棠は後を振り向かずに一目散で走る。だから、海棠も雪城も潤も気がつかなかった。 最期の楽園から出た道すがらで、蘭舞と凛舞がこと切れていたことに。 [*前] | [次#] TOP |