T そして繚は、怜都に恩返しがしたいと自ら捕らわれていた朝霧の名前を名乗り、怜都の傍にいることを決めたのだ。捕らわれていた過去があるからこそ、その名を名乗り、そして捕らわれていたからこそ怜都と出会えたからその名を受け継いだ少年。 「では、繚。私とともに来て下さい」 「うん、わかったよ」 海璃に対して無垢なのは、海璃が決して敵になることはないと繚が知っているからだ。繚は怜都を裏切ることはない、そして怜都が“大好き”であるのが海璃であるからだ。 「(翆鳳院家は歴史を繋ぐもの、隠された歴史も隠蔽された歴史も、全てを記すもの)」 海璃は心中で呪文のように繰り返す。それが翆鳳院家の宿命だと。 繚が海璃を護衛しながら歩いていると、前方から血の海にいなくとも、その異質さを現すことが出来るような存在、梓が歩いてきた。此方に用があって歩いてきたのか、偶々かは判断がつかない。 たが、繚は梓の異常さを肌で――空気で感じ取っているのか、やや緊張な面持ちだ。 しかし、梓にとって海璃と繚は視界に入っていないのか二人の横を素通りする。繚は何だ、ただ貴族邸に用があるだけかと胸を撫でおろす。何故だかわからないが、この人物にかかわってはいけないと警鐘が鳴り響いていたのだ。 お互いに歩みを止めなかったがしかし、すれ違い梓が何処かへ向かおうとしている時、海璃は歩みを止め、背後を振り返った。梓の――背。 ――話しかけるべきではないのかもしれない。けれども 瞬時した後、口を開く。 「朱宮梓。貴方は何を望んだのですか」 「あらぁ? 朱宮とか久々に呼ばれたわぁ。貴方は誰ぇ?」 名前を呼びとめられたことによって、梓は初めて海璃を視界へ入れる。不思議そうに首を傾げながらも、唇が妖艶に微笑む。 「私は、翆鳳院海璃ですよ」 梓とは対照的な優しい微笑みで海璃は会釈する。 「翆鳳院……? 随分と懐かしい名前を聞いたわぁ。でぇ? 翆鳳院が私に何用?」 「いえ、特に用というわけでもないのですが、聞いてみたかったのですよ。朱宮梓、貴方に」 「私に何を聞いてみたかったのぉ?」 間延びした口調、いつも通りの表情。確固たる軸が存在するのか、そもそも軸がないのかはわからない。何人たりとも梓の心境を見抜くことなど不可能だ。 「何故、貴方は虚偽につくのですか?」 「……?」 梓は首を傾げる。その動作が不自然で歪で――何処となく可愛い。その可愛らしさがそもそもおかしい。 [*前] | [次#] TOP |