零の旋律 | ナノ

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 篝火は深呼吸をしてから朔夜の方を見る。所々服は砂にまみれていたが朔夜が怪我をした様子はない。砂がクッションの代わりを果たしてくれたのだろう。

「久しぶりに見たな、お前のその攻撃」

 光による攻撃。それは、篝火すらも忘れかけていた攻撃手段であった。雷属性の攻撃を得意としている朔夜ではあるが、光属性の攻撃手段も使えるのだ。しかし此方は滅多に使用はしない。扱いが得意ではないのか、理由は定かではないがとにかく使わないのであった。だからこそ、篝火も忘却していた。

「俺も忘れていたよ」
「おい」
「それはまぁ、冗談だけどな。だけど――」
「だけど?」
「いや、何でもない」

 ――此処で言っても意味はないことだろう。
 朔夜には疑念があった。銀髪は何か此処で企んでいると。他人を駒のように扱う銀髪だが、身内には甘い。
 それは朔夜自身が身を持って知っている。朔夜に限らず、栞も身内に含まれている。他人を駒と扱いながらも、“全ての他人”を駒として扱えなかった銀髪のことを朔夜は第二の父親のように思ってきた。ならば此処で栞を使い捨てるような非道な作戦を立てるはずがない。それが朔夜の見立てである。


+++
「この野郎っ!」
 チャクラム使いの兄であり、フランベルジュを使う彼は、わき腹から血が流れ出ていた。返り血を栄えるためか、白い服装はしかし自分の血で赤く染まっていた。
 怒りからか荒い攻撃を繰り出す。それを雅契分家の海棠は受け止めるのではなく、受け流していた。軽やかな動きは一撃一撃の威力はないように思わせるが、しかし刃は正確無比で的確に相手の攻撃を捌き確実な所で攻撃を加える。
 フランベルジュ使いは焦っていた。今まで戦いはどれもが高揚したものであり、愉悦なものだった。
 だが、今は違う。肌で感じるのは恐怖。敵に回していけない者を敵に回してしまった振りほどけない恐怖であった。
 ――この、こんな男に俺が恐怖を感じるだと……!?
 認めたくない思い、けれどそれは事実。
 相手を殺そうと残酷な刃が牙をむくが、だが牙は届くことなく握力を無くした掌から落下して、音を立てるだけだ。血飛沫を上げて彼は倒れる。砂は花を咲かせたように赤く染まる。
 海棠は彼を殺した血で染まった剣を振って付着したばかりの血を払う。

「終わったぞ」

 背後に控えるのは海棠にとって最も信頼している相手、雪城である。

「こっちも終わったわよ」

 女性口調で話しかけてくる人物は槐――否、潤である。黒いスーツからは赤いフリルのシャツが服装を彩りながらも派手な印象はあまり与えないような格好である。潤の手には普段槐が使用しない拳銃が握られている。

「お疲れ様」
「じゃあ、槐に変わるわね」
「あぁ」
「雪城、どうする?」

 女性口調から一変して、変わったのは槐である。一言でいえば槐は多重人格である。と言っても正しくは違う。元々の人格は槐だけだった。潤という存在は幽霊のような存在で、槐の実家である奈賀家に代々存在し、寄り代の肉体を共有し、必要とあれば潤の人格が槐に代わって表に出てくるというものであった。

「そうだな、此処で何かを企んでいることは、恐らくは確実だ。だとしたら――確かめに行くか。大方の罪人は片付けた。律や泉、カイヤは忙しいだろうしな」

 視線を軽く、彼らの方へ向ける。泉夜と戦っている泉、栞と刃を交える律、カイヤは汐にぶつかっている。カイヤの放つ魔術が砂を灼熱へと変化させている。灼熱は怒りの象徴ではない、それは叫び――言葉に出来なかったが故に言葉は魔術へ代わり、魔術は何時しか叫びは攻撃する手段へと移り変わって行ってしまった。そう雪城は推測している。
 自分たち以外の貴族勢は相手がいて自由には動けない。ならば、自由に動ける自分たちが動くに限りと判断した。

「あぁわかった」
「雪城がそういうのなら異論はないよ」
「ならば、いくか。最期の楽園へ」

 雪城は駆ける。その後に海棠と槐が――そして潤が続く。


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