零の旋律 | ナノ

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「……? どういうことだか全くわからないけど」
「なぁ海砥栞」
「何?」
「国が――政府が影を殺すことのできる紫影の存在を危惧して、危険視してその存在を抹消したとしたらお前はそれに恨みを抱くか?」

 最初、律は栞が銀髪――虚偽についているのは、単純に復讐を混じっているのだと思っていた。影の一族を恐れたからこそ、秘密裏に抹殺した政府を恨んでいるからだと、けれどその予想は根本から覆された。紫影の存在を知らなかったのならばその仮説はそもそも成り立たない。ならば恨みを抱かせてみようと律は真実を告げた。政府が隠蔽した、けれど隠蔽しきれることはなく一部の貴族には伝わってしまっている事実を。けれど栞はキョトンと首を傾げてから不思議そうに笑みを浮かべた。笑みを浮かべること自体がおかしいのに、それにすら気が付いていない。

「なんで?」

 そして律にとっては予想外の言葉が返ってきた。

「なんでって……」
「だって、俺はそれを知らない。俺にとってそれは何が関係するの?」

 その言葉で律は大鎌の柄の部分を自身の肩へ当てる。それが答えであるのならば、その時初めて栞の本質を理解できた気がしたのだ。栞は仲間のためになら手を汚すこともいとわないし、仲間のために本気で怒ることが出来る。けれど、それはすなわち自分のことに対しては無頓着で、誰かのために怒れるが故に、誰かのために感情的になることが出来るが故に――自分に対して感情を現すことがうまくできず、故に他人事になってしまう。そして仲間のためにならどんなことでもできるが故に、仲間以外に対しては冷酷で残酷で非情でいられるのであった。
 自分と大切な人以外どうでもいいと、それ以外に対する非情さは律や泉、カイヤたちと似通っている部分がある。けれど決して同類の匂いはしないと律は直感していた。それはすなわち、栞に対する異様さを感じ取っていたからだ。徹頭徹尾、誰かのためにしか含まれない栞とは相いれない存在である。
 栞の世界の中には、仲間が生きてられるのならば自らを殺すことさえも厭わない。それを相手が望めば容易に命を絶つ。その考えが律たちとは違った。律たちは自らと大切な人、両方が生きている場所を世界を望むのだから。

「はっ、性質悪い男だな」
「俺は別に善人じゃないからね」
「そういう意味じゃねぇよ。立場によって人の善悪は変わってくる、けれどお前はそもそもが善悪観念なんて持ち合わせていないだろうが」

 悪人が仲間であるなら、刃を振るい、善人が仲間であっても刃を振るうだけ。

「お前の意思が何処かにあるように見えて、何処にもない」

 それは泉にも言われた言葉。栞にとってそれは感情的になれる理由でもあった。誰かのために何かをすることは自分の意思であるからこそ、それを否定されることは――誰のために何もしてないことに直結するからだ。結局、それすら誰かのためであり、自身の怒りですらない。鉄腸強胆のようでそうではない存在。

「……」
「だから――お前という存在は厄介だ、此処でくたばれ」

 律は大鎌を振り上げ大地を抉る。栞は砂埃に視界が邪魔されないように数歩下がり、手には一片の光さえも宿さない短剣を握る。


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