第一話:紫影 +++ 影は影を切り裂き、影と表裏一体の関係であり存在すらも一刀両断する。 殺さずと呼ばれてきた栞が人を殺す時、それは大量虐殺へと発展してしまう。人を殺したくないと思っている青年が手にしていた力は誰よりも人を殺すことに特化した力。けれど、その力をもってしても不老不死を殺害することは不可能だった。例え影を殺そうとも、不老不死の力は影さえも再生してしまう。再生できないものは存在しないと言わんばかりの圧倒的な回復能力。 もし、その力を覆すことが出来る力が存在しているとすれば、この世界が滅ぶ時ではないかと栞は思っている。 栞が従えていた数多の罪人達は全滅といっても過言ではないほどに、屍と化していた。 その中で栞だけが無傷だった。貴族たちも無傷では済んでいない。罪人に殺された、というよりも罪人でありながら正規の罪人ではない栞が殺害したものが殆どだ。 「全く持って紫影の力は厄介だな」 そんな状況下でも不敵さを崩さないのは、七大貴族と呼べる彼らと、そして彼らの傍に立っている貴族たちだけだ。影と闇はよく似ていると雪城は栞の姿と厄介だといった泉の姿を交互に見比べる。 蠢いていた影が、紫影の単語に一瞬止まる。そして栞は首を傾げた。乱戦を繰り広げても絡まることのない髪が揺れる。 「紫影って何?」 その言葉に、“紫影”の存在を認知していた者は思わず拍子抜けしてしまった。 「海砥栞、お前は紫影の一族だったんだなって言おうと思う前に、拍子抜けしたんだけど」 律の顔が引きつっていた。栞の能力がなんであるか、栞の戦いを見て薄々感じ取っていたが泉の言葉でそれは確信へと変わった。けれど当の本人が紫影を知らないとなれば、流石に驚きを隠せなかった。 律は大鎌を一回転させた後、手首を軽く捻り栞の方へ大鎌を向ける。 「知らないものは知らないんだけど。第一紫影ってそもそも何」 嘘ではない、全く知らないことに対する純粋なる興味を律は感じ取った。情報屋であり、紫影のことに関して自分以上に知識を保有する泉や泉夜が何かしら口にするかと思ったが何も言わなかった。 ならば、この無知なる存在に教えてあげようと律は口を開く。 「紫影ってのは影を扱う一族の呼び名だよ。だから影を扱えるお前も紫影の一族ってことさ。本来、紫影一族の特徴は漆黒の髪と瞳なんだけどな」 「ふーん、じゃあ俺の父さんが紫影の一族だったのかな?」 「その猩々緋の瞳はやっぱり半分の血を受け継いでいる証ってわけか」 「といっても、俺は父さんの顔を見たことがないから全く知らないんだけどね。でも母さんは常々父さんは漆黒の髪と瞳が綺麗だったって話ていたから」 「……そういうことか」 律の中で一つの推測が浮かび上がってきた。確証に至るだけの根拠は皆無だが、それでも――仮説を立てるには充分だった。以前紫影の一人が十日間だけ脱走したことがあった。 恐らくその人物は栞の父親であり、その何処かで栞の母親と出会い短い期間だけの恋に落ちた。そして――居場所が知られ、愛した人の存在が危機に立たされることを危惧した父親は母親の身を案じるが故に、脱走しながらに元の場所へ戻ることを決意し、それ以上の探索を打ち切らせたのだと。 [*前] | [次#] TOP |