零の旋律 | ナノ

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「何なんだ!?」

 紫電が雷となりて無数に落雷するが、双海の元へたどり着く前に、それらは結界に弾かれたように消えてなくなる。術を使った素振りはない。新たな林檎を双海は口にしていた。余裕綽々たる表情、けれど実力の高さからその態度には納得が出来て――しまった。納得してはいけないのに、してしまった。
 それが一瞬の隙を生む。榴華の身体を縛るように蔦がまとわりついていた。

「なっ……!」

 相変わらず術を詠唱した素振りは一切ないし、双海は林檎を齧っていたのだ。それでいてどうして術が発動出来る――疑問より先に榴華は地面へ落下する。しかし、身体能力が優れている榴華はバランスを崩すことなく、着地する。衝撃が一瞬足にきて痺れるが、榴華はそれを意識の外へ無理矢理持っていく。
 拘束目的の蔓には殺傷能力はない。榴華はすぐに紫電を使って拘束を解く。榴華は姿勢を整えて双海へ再度攻撃しようとして――手が止まる。

「……雛罌粟。何を?」

 いつの間にか拘束を解いていた雛罌粟が油断しきっていた双海に背後から扇子を向けていたのだ。

「邪魔とは言わぬといったのを訂正しよう。我の邪魔をするな。お主の目的が何なのかは知らぬが」
「油断した私が悪いか」

 降参のポーズをとり、双海は苦笑した。人を不愉快にさせない笑みでありながら、何処か恐怖を抱かせる笑みでもあった。それは現実を見ているようで、彼の瞳に映るのは幻だけのような――歪さ。

「退け。これは我と榴華の戦いじゃ。お主に邪魔をされる筋合いは何処にもない」
「そうだね、わかったよ」

 双海は雛罌粟と榴華の戦いを中断させる目的を断念してその場を立ち去った。一体双海のどんな思惑があってこの場に来たのか、どうして雛罌粟と榴華両方を生き残らせたかったのか、謎のままだったが、榴華にはそれで構わなかった。集中すべき相手は、全神経を向ける相手は双海ではない。雛罌粟だ。
 榴華の紫電が意思を司るように、思いに鼓動するように龍を描き雛罌粟へ向かう。
 眩しすぎる閃光は視界を全て白く染め上げそうだが、しかし雛罌粟は怯むことなく扇子で円を描く。
 雛罌粟を最初から守っていた結界は全て敗れ去った。それほどまでに榴華の一撃は絶大。けれど、新たに作った結界で辛うじて雛罌粟はそれを凌ぐ。閃光が止んだとき榴華の視界に映ったのは、十代の雛罌粟ではない。そこにいたのは二十代の姿をした雛罌粟だ。榴華はその姿を初めて目撃する。以前、罪人の牢獄に白き断罪が現れた時、悧智との対戦で雛罌粟は二十代への姿へ外見を変化させた。
 けれど、その時より雛罌粟の姿は若かった。二十代前半であろう姿、髪の毛は毛先が緩やかにカールを描いていて、長さは臍付近まである。そして服装までもが変わっていた。紅の和服に身を包みながらも落ち着いた印象を相手へ抱かせる。

「ヒナ……?」
「この姿はの。我が――あ奴と出会った時の姿じゃ」
「成程」

 雛罌粟にとっては思い出であり、救えなかった人が、滅んでしまった内側の世界があった時代の姿。

「さて、榴華よ。決着をつけようぞ」

 望もうと、望まざろうと何れ決着は訪れる。引き分けでは終わらない、勝ちか負けか、生か死かの終局。


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