零の旋律 | ナノ

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 罪人の牢獄、生きていた年数より短い期間しかいないのに、まるで此処が故郷のような懐かしさを感じた。
 最期の楽園を目指そうと一歩砂を踏みしめた時、篝火は後方を振り向く。眩い光は魔法陣を描いている。移動術、それが出来る人物を篝火は一人しか知らない。
 光が収まると同時に、その場に姿を笑わすは貴族の面々。大切な人のためにしか動けなかった、失ってしまったらどうしていいかわからない、ただ復讐だけが生きがいだった泉、カイヤ、律を筆頭に、雅契分家の面々が姿を現す。中には雪城や槐、海棠もいる。

「随分豪勢な面子だこと」

 汐は苦笑する。彼らが来たのは決着をつけるつもりだろう。そしてその準備が整ったということに他ならないと判断する。

「って、何時の間に?」

 水波はさも当然のように立っていた汐に驚く。

「人形たちなら全て片付けてきた」
「流石汐君」

 そして貴族勢や水波勢を迎え撃つように、数多の罪人が姿を現す。
 罪人が一度に集結するとこんなにも人がいたのかと篝火は驚く。それでも全ての人員ではないのだろう。栞が先頭を歩く。凛とした瞳は迷いながらも居場所を選んだ瞳だ。

「栞!」

 貴族たちの中をかき分けて、一人の青年が姿を現す。とても聞きなれた声。白髪に赤いメッシュの髪を揺らしながら泉たちの隣に並ぶ。

「朔、朔は……彼らと一緒にいるのかい?」
「……そうする」

 それは朔夜が迷って迷った末に決めた結論。誰かに強制されたわけでも促されたわけでもない。

「ただの自分勝手だ、ただの自分勝手だ」

 朔夜は繰り返す。

「俺は単純に、虚偽に死んでほしくないって思ったんだよ」

 それが朔夜の答え。育ての親である虚偽がどれだけ死を渇望していようとも、自分は虚偽に死んでほしくないと思っていることに気がついてしまった、気がついてしまったらどれだけ心を誤魔化そうとしても駄目だった。生きて欲しい、そう思ってしまう。
だからこそ、銀髪の元へ戻ることはしなかった。

「そっか。朔がそれを選んだんなら俺は何も言わないよ」

 いつものように優しい笑みを朔夜に向ける。

「栞は……」
「俺は、俺が選んだだけだから」
「そっか」
「うん」

 例え袂を分かつことになっても、それまでの想い出が消えるわけではない。
 栞は決意を鈍らせない。朔夜と違う考えになったのなら、朔夜の考えを尊重しよう。
 篝火は我が子を見るような優しい眼差しで朔夜の方へ近づき、頭を殴った。

「いってぇな! 何すんだよ篝火!」
「心配かけさせたからだ」
「相変わらず保護者だな」
「今なら保護者でも良かったって思っているさ」
「そっか」

 その光景を眺めんがら栞は、寂しげでありながら、その忘れないように瞳にやきつけているようでもあった。全てを終わらせるなら、その時どれ程の苦しみが待っているかわからない。それならば朔夜を自らの手で安らかに殺して上げよう、それが栞の決意。
育て親である虚偽のことはもちろん大切だ、そして同様に朔夜のことも大切。虚偽が世界を滅ぼすのならその協力をしよう。そして、朔夜や水渚、千朱が死の間際苦しむことがないように自らの手で殺す、それが、栞が選んだ道。
 影を使った能力で、対象の影をきれば苦しむ暇を与えずに一撃で殺すことが出来る。
人を殺してしまう力は嫌いだったけれど、苦しみを与えずに殺せるのなら、この力に感謝すら出来る。


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