零の旋律 | ナノ

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「ふむ、でお主はそこに住んでおるのじゃよな?」
「そうだよ」
「我もそこに連れて行ってはくれぬか? 無論無理にとは言わぬ」

 呆けた。銀髪は思考を停止した。言葉が信じられなくて――けれど、雛罌粟は同じ言葉を繰り返す。そこでようやっと銀髪は思考が動く。

「雛罌粟! 何を言っているんだ。その名の通り罪人しかいない。そんな危険な場所に
雛罌粟を連れていけるわけが……」

 ない、と断言出来なかった。淡い夢や希望を抱いてしまったから。
 雛罌粟が来てくれれば――罪人の牢獄で一緒にいられる。そんな儚い思いを不相応に抱いてしまった。彼女は罪人ではない、咎人でもない。雛罌粟に罪を背負わせたくないのに。
 銀髪の態度を、虚は銀髪にばれないように――不快感を現す。たった一人の弟を横どりされた気分だった。

「我は十分罪を犯した。別に此方に留まる道理はないだろうの」
「そんなことはない」

 今度は断言出来た。

「お主は優しいの」
「俺は残酷だよ、優しさの欠片なんて持ち合わせていない。……いいの? 罪人の牢獄に来て」
「構わぬ」

 一切の躊躇のない返答に、銀髪の心は癒されると同時に悲しみで溢れる。
 例え今一緒にいられたところで何れまやかしへと変貌する。銀髪の事実を知れば、雛罌粟は自分の元を去る。長く入れて十年が限界。第一、罪人の牢獄で長い年月を生き続けることは難しい。過酷な環境の中――雛罌粟の心境がどう変化するかわからない。

「お主は心配症じゃの」

 雛罌粟が笑う。今までの全てを受け入れ、全てを認めた笑みがそこにはあった。

「……雛罌粟がそう望むのだ、虚偽よ。私たちが拒否する道理は何処にもないよ」

 虚が後押しをする。銀髪が心の奥底で望んでいることがあるのなら、例え虚自身にとっては気に入らないことであったとしても――叶えてやりたいから。
 虚にとって何よりも優先すべきことは愛しの弟の願い。それだけだ。

「じゃあ行こうか雛罌粟」
「うぬ」

 そうして、雛罌粟は罪人の牢獄へ足を運ぶことになる。
 櫻雛罌粟(さくら ひなげし)は銀髪が罪人の牢獄支配者になってから唯一、自らの意思で罪人の牢獄に来た人物であった。


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