零の旋律 | ナノ

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「杏珠、逃げようぞ」

 雛罌粟は手をさし伸ばすが、その手を強く弾かれる。

「杏……」
「有難う、雛罌粟。でもね、私はここで終わる」
「何をいっておるのじゃ! 杏珠はずっと、ずっと願ってきたではないか、外の世界に出ることを」
「もう、いいよ!」
「良くない!」
「いいの! 私は確かにずっと憧れてきたよ! でも憧れた結果がこれだったんだよ!? じゃあ、どうやって私は外に希望を求めて生きていけばいいの」
「杏……珠」

 杏珠の名前を呼んだのは雛罌粟ではなかった。庭師の青年。弱弱しい声は今にも力尽きそう。杏珠は優しく抱きしめる。庭師の青年の頬に雫が零れ落ちる。何度も、何度も。

「いいの、いいんだよ。私はもう、無理」

 生きる希望も目的も無くした。だからこれ以上――構わないで、瞳がそう告げている。

「杏珠……」
「私はここで最期を迎える。是が私の罰だよ」
「罰など……」
「罰だよ、私が内側の世界から飛び出そうとしたから、そうしなければ――触れ合うことはかなわないけど、もっともーと長い間、彼と一緒にいられたのに。私の我慢できない想いのせいで、皆を死なせた。皆の希望を奪った、世界を奪った」

 雛罌粟はたまらず杏珠を背後から優しく抱きしめる。杏珠の涙で袖が濡れる。

「だから――雛罌粟は生きて」

 雛罌粟の包み込む温かくて優しい手の平を名残惜しそうに右手を添え、離す。

「ね?」

 雛罌粟は何も言えない。何も言えなかった。もうすでに杏珠の中で完結してしまっている。雛罌粟が何を言おうが、彼女は此処をてこでも動かない。銀髪の青年に手伝ってもらえば、無理矢理にでも脱出することは恐らく可能だ。けれど――杏珠の意思を無視してしまう。外に出たところで、彼女が一緒にいたいと強く望んだ庭師の青年はいない。
 雛罌粟の手は宙を泳ぐ。その手をつかんだは杏珠ではない、銀髪の青年だ。

「雛罌粟、彼女の意思を尊重してあげようよ。部外者である僕がいっていい言葉じゃないかもしれないけど」

 雛罌粟の意思は迷っている、なら――その先後悔を抱かないように、抱いたとしても自分が促したことだと言えるように、雛罌粟の罪悪感を少なくできるように、銀髪が選択する。

「ね?」
「お願い」

 銀髪と杏珠の言葉重なる。

「ばかもの。最後まで、大好きな人と一緒にいるのじゃぞ」
「うん、有難う」
「いこう、雛罌粟」

 雛罌粟の手を引いて、銀髪はもうない結界を通り越す。
 燃え盛る赤は、やがて杏珠と庭師のいる青年の場所をも覆い尽くす。

「ごめんね、私のせいでずーと一緒にいることができなくて」
「そんなことはない、君とこうして触れ合えることができた」
「うん」
「だから、一緒にいよう」
「うん」

 赤が全てを焼き尽くそうとしても――燃えるような恋の赤まで焼き尽くすことは叶わない。


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