零の旋律 | ナノ

第六話:崩れ去った結界


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 数日後、内側の世界は壊れた。赤く、赤く緋色に燃え上がる。火柱が立ち、全てを壊しつくす。
 いつもの風景は、脆く崩れ去り、いつもの生活は脆く壊れた。
 内側の人々は逃げまどう、脆くなった柱が倒れる。全ては幻のように、赤く赤く染められていく。
 夕焼けの空は、全てを予期していたように赤い。
 雛罌粟は燃え盛る中、走る。

「杏珠、何処におるのじゃ」

 雛罌粟は杏銃を探していた煙が肺に入りせき込む。新鮮な空気が吸える場所を――。雛罌粟はあたりを見回すが、何処もかしこも赤い。
 雛罌粟は扇子を取り出し、演舞するように扇子を動かすと風が吹き荒れその場の煙を一時だけなくす。しかし、燃え盛る炎に風は逆効果だとわかっている。新たに送り込まれた酸素が炎の勢いを強める。何度も使うわけにはいかない。

「杏珠……杏珠!」

 全ての景色が終わりゆく、今まで見たものが次に見る時は無残にも変わりゆく。
 季節が移り変わるように、桜が散るように。残酷に、無慈悲に時は流れる。

「杏……!」

 杏珠の姿を見つけると同時に焦る。杏珠の前には刃を突き立てられた見覚えのある青年、そして――今にも殺されそうな杏珠がいる。
 杏珠が結界を破ったから始末しようとした内側の住民ではない。非常事態に、そんなことを仕出かす人はいないと雛罌粟は知っている。何年間も、二十年以上も一緒に暮らしてきた仲間だ。それに、彼らの服装は外の住民だ。恐らくは庭師と杏珠を利用して結界を破り、惨状を作り出した者たちの一人。
 雛罌粟は結界を唱えながら、杏珠に駆け寄る。外の住民が刃を振るった瞬間、間一髪のところで結界は杏珠達を守り、刃は目に見えない結界に阻まれ真っ二つに折れる。

「杏珠!」
「ひ、ひなげし……」

 杏珠の瞳は絶望に彩られている。声は震えて、瞳からは涙が溢れている。
 庭師の青年は辛うじて息をしているが、長くはない。医学に詳しくない雛罌粟でも、それくらいは理解出来た。雛罌粟の心に沸々と湧きあがる怒り。杏珠と庭師の青年を利用した彼らが許せなかった。
 二人の恋路は、内側の世界を滅ぼす為だけに利用された。利用された挙句、触れ合えたら別れさせる、そんな彼らを許せるはずがなかった。

「お主ら!」

 雛罌粟の扇子は怒りにまかせ振るわれる。雛罌粟の怒りがそのまま形になったかのように突風が巻き起こり、外の住民を突き飛ばす。受け身も取れず地面に激突して気絶する。

「杏珠……」
「彼が、彼がっ!」

 杏珠は抱きしめながら、木に寄り添う。此処は、雛罌粟が好きでよく眺めていた庭。その面影は今や赤に埋め尽くされ殆ど残されていない。この場所はまだ火の手が回っていないが、此処も逃げなければ危うい。杏珠の頬が煤と涙で汚れる。


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