T 「でも……やっぱ無理かな」 「我で良ければ語ればよい。気持ちが多少は楽になるかもしれぬぞ」 「うん、有難う」 雛罌粟の言葉は心地よかった。彼女が同室であり親友で良かったと心から思う。 「私ね、実はす、す……好きな人がいるの」 消えるようなか細い声で、杏珠は告げる。一瞬、雛罌粟は言葉の意味が呑み込めず、キョトンとするが、次第に意味を理解する。 「触れたことも、ないんだけどね……いつも内と外の会話しかできないから」 結界に阻まれているから、そこから先、一線を越えることはできない。けれど、会話が出来ないわけではなかった。身体は結界に阻まれるが、声は結界の内側と外側で会話が出来る。 「そうか」 雛罌粟たちは一生独身で過ごすわけではない。巫女としての務めを全うしたのち、巫女を次の世代へ引き継がせるために結婚し暮らし、外側の世界へ出ることなく、生涯をおえる。それが内側の世界に生まれた時からの定め。しかし、杏珠はそれをよしとしなかった。外へ出たい、日に日に想いは募るばかり。 彼に会いたい、彼に触れたい。 「うん。雛罌粟も知っていると思うんだ、あの……庭師の人」 「成程の」 庭師――といっても、外側の庭師でしかない。結界の内側には入ることは叶わないし、ましてや巫女と結ばれることは到底叶わない。到底叶わない願いを、杏珠と庭師は抱いてしまった。 二人が一緒になれる可能性は杏珠が結界を破る以外にない。 「私、外に出たい」 杏珠は決意を胸に思いを言葉にする。想いを口にしないと、一生想いのままで終わりそうで怖かった。規律や規則に厳しく、結界で守られた世界から抜け出したい。 「でもね、安心してって言っていいかわからないけど……雛罌粟には迷惑はかけない。雛罌粟に手伝ってとも言わないよ。仮に雛罌粟が手伝ってくれると言っても、私は断固拒否するから」 決意の表れ。強固な瞳は雛罌粟が説得しようとしても揺るがない強さを持っていた。雛罌粟は優しく微笑んでから、杏珠の頭を撫でる。 「ちょっと、私たち同い年なのに、その扱いはなに」 「いや、なんか同い年の妹が出来た心境でな」 「酷いよ、雛罌粟」 はにかみ笑う。杏珠が自分に何も求めていないのなら、影で応援するだけにしよう、雛罌粟はそう思うことにした。最も、雛罌粟はその時、危惧していることがあった。けれど、伝えた所で不安を煽るだけと判断し何も言わなかった。そして、それが現実になるとは夢にも思っていなかった。 [*前] | [次#] TOP |