零の旋律 | ナノ

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「有難う雛罌粟」

 だから――此処に来るのは今日が最後

「……元気でな」

 寂しげな表情をけれど覚悟した瞳を見た雛罌粟は、もう銀髪が此処には現れないだろうと確信した。それを止める権利は雛罌粟にはない。ならば、送り出すだけ。たった三日間だけの友達を。

「有難う」

 銀髪は茶菓子とお茶を飲み終えると、お盆の上に戻す。
 それと同時に銀色の粉が幻想的に庭を舞い、消えた後には銀髪は何処にいなかった。
 銀髪の存在そのものが幻のように、消えた。
 この三日間は実は夢だったのではないかと、次に目覚めたときは現実が待っている。
 それだけのこと。何処か寂しさを感じながらも、雛罌粟に引き留めることは出来ない。
 此処は境界線の内側。内側の中で、何百年も続く戒律を守り生きて行く。
 それが雛罌粟に課せられた使命。それを後悔したことはないし、嫌だと思ったこともない。それが普通だったし、それがあたり前でもあった。
 雛罌粟は暫く銀髪がいた場所を眺めてから、お盆を持ち片づけを済ませてから自室へ戻る。

「杏珠(あんじゅ)。お主そういえば今日の朝姿が見えなかったがどちらへいっておったのだ?」

 自室へ入ると、相部屋である杏珠が饅頭を頬張っている所だった。杏珠は長い黒髪を前側だけ白い宝玉で止め、後ろは一つに纏めている。黒い瞳は愛らしく、雛罌粟と同い年とは思えない程少女らしさを滲ませていた。杏珠は奔放な性格で度々規則を破っている。それを雛罌粟は知っていたし告げ口をするような真似はしなかった。但しばれるなよと忠告をしたことはある。だからこそ、今朝杏珠の姿が見えなかったのは何時もの規則破りだろうと思いながら問うた。

「何時もと同じだよ」

 そして杏珠も何時もと同じ規則違反だと云う。

「成程」

 そうであれば、雛罌粟はそれ以上口を挟まない。今まで杏珠が規則違反をしたところをばれた事は壊滅的にない。それほどに要領のいい娘であった。
 そして杏珠は外の世界に――境界線の外側に憧れている節があった。親友である雛罌粟は杏珠がいつか外側に出てみたいという夢を語ってもらったこともある。

「雛罌粟は何時ものところ?」
「そうじゃ」

 雛罌粟は自由な時間が出来ると高確率で庭へ足を運ぶ。

「全く何時見ても変わらない景色なのにモノ好きだよね」
「人のことを言えた義理ではないだろうがお主とて」
「まぁそうなんだけどもね」
「さて、では我らの本日の業務を果たすかの」
「はーい」

 雛罌粟と杏珠が会話をすればそれは同い年には全く見えない会話であった。
 雛罌粟の口調が主な原因ではあるが。雛罌粟と杏珠は、この狭い世界で幼いころから一緒に行動し続けた大切な親友。親友が望む事ならば、何だって手伝う気持ちが存在するほどに大切な相手。
 二人は巫女装束に着替えてから、祭壇へ向かう。凛とした表情で、先ほど会話していた時とは別人のような面持ち。


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