零の旋律 | ナノ

第四話:三日間の友達


 次の日、雛罌粟が茶菓子を容易して縁側へ向かうと既に銀髪は待機していた。

「お主早いの」
「まぁ雛罌粟の予定はわからないから、少し早めに」

 そして景色を眺めていた。銀髪が景色を眺めているとき、前日と同じ男女が一瞬だけ視界に映る。間違えるはずはない、対人記憶能力は高い。一度見た相手を怱々間違えるはずがなかった。雛罌粟がやってきた時も男女がまだいれば銀髪は雛罌粟にそのことを伝えたかもしれないが、男女はすでにいなかった。
 最も銀髪は雛罌粟がやってきた段階でその男女のことは頭の隅に消えていた。

「そうか、ほれ茶菓子だ」

 お盆には急須と湯呑が二つに、抹茶菓子が二つあった。

「美味しそう」
「当然だ、しかしばれないように二つ用意するのは中々にスリルがあって楽しかったぞ」

 お茶を注ぎ、湯呑を銀髪に渡す。普段規律や規則に縛られている雛罌粟にとって、普段しないそれはスリリングであり新鮮であった。

「まぁやみつきにはならぬから安心するといい」

 それは銀髪を気にしての言葉。
 銀髪が万が一自分のせいで、それを日課としてしまうのではないかと余計な心配を抱かないように、先手を打った。最も銀髪がその程度の事を気に留めるとは雛罌粟は思っていなかったが。

「やみつきになったら危険だしね」

 お茶を口に運ぶ。いい風味が漂ってきて、このお茶が高級であることを告げる。雛罌粟が入れてくれたお茶はとても味わいがよく、冷えた心が温まるようだった。嬉しさと悲しみが同時に押し寄せてくる。
 何故この場所に来てしまったのか、銀髪に後悔が生じる。この場所を知らずに――雛罌粟に出会わずに絶望したままでいれば、これ以上絶望することはなかった、それほどまでに銀髪は疲れ切っていた。心が残っているから辛いなら――全てを感じなくなるほどに狂えればどんなに楽だろうか、何度も銀髪は思ったがそこまで狂いきれなかった。何かが邪魔をする。
 銀髪は不老不死だ。不老不死として存在し数百年の時を生きてきた。もはや生き続けることが苦痛だった。生きることに疲れ病んでいた。死を渇望し続けながら死ぬことが許されず人よりも長生きするこの身体が辛かった。嘗て友達と呼んでくれた存在は先に死んだ。嘗て信じていた仲間は、時を重ねる事に老いていく自分に絶望し、老いない銀髪を恨んだ。裏切られる事も、絶望することも繰り返し続けてきた。

「……お主は何を思って此処に来たのじゃ」
「え? だから景色を」
「そうではない。昨日じゃ。明日も来るか? と我が問うたときお主は即答したが、即答した後にしまったという顔をしておったではないか」
「……ばれていたんだ」

 鋭いと表情には出さずに銀髪は感心する。

「我をなめるではない。……で何故じゃ」
「……居心地がいいからかな」
「居心地がいい?」

 雛罌粟は首を傾げる。居心地がいいことが何か不都合に繋がるのかわからなかった。

「此処は……いいや、君の周りは居心地がいいみたいだ」
「我の周りが? そんなことはないと思うがの」
「そんなことはない。出会って間もないのに不思議だ」
「此処は――不思議な土地じゃからの、不思議な事が起きても何も不思議ではないぞ」
「あははっそうかも」

 銀髪は笑う。僅かな時間だけは現実を忘れていられた。
 しかし雛罌粟に縛られる前にこの場から立ち去らなければ、その思いが益々強くなる。


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