零の旋律 | ナノ

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「おおう、何をしておるのじゃお主」
「ごめん忘れて」

 例えどんなに居心地が良かったとしても、それは一時のことでしかない。
い何時か雛罌粟も自分に対して、何らかの決していい感情ではない視線を向けてくるだろう。化け物と罵るか、羨望の眼差しを向けるか、軽蔑するか。
 銀髪が不老不死であり、雛罌粟が人間である以上、別れはやってくる。
 深くかかわる前に、此処から――雛罌粟から遠ざかるべきだ。それが正解であるはずなのに銀髪の身体は心とは裏腹に動かなかった。絶望しきった身体は、雛罌粟に身を預けてしまえば楽になるだろうか――と考えてしまう。昨日出会ったばかりの、初対面に等しい相手に何故そんなことを思ってしまうのか、銀髪は理解できなかった。
 この場にはいない姉に質問したところで、姉は顔を顰めて笑うだけだろう。銀髪以上に姉は人の感情にある種疎い。だから、銀髪はまだ姉には何も告げていない。最も姉のことだから自分がどこにいるかなど、千里眼のごとく見抜いていているだろう。

「全く、まぁよい。……銀髪は明日もくるのかの?」
「うん」

 答えた後にしまった、と気がつくが時すでに遅い。早くこの感覚から抜け出さなければならないのに、疲れ果てた心にこの感覚は魅惑的過ぎた。断る事が出来ない甘言だ。

「ではその時は茶菓子でも用意しておこうかの」

 雛罌粟は立ち上がる。雛罌粟は時間が許すのであればもう少し、この青年と一緒にいたかった。しかし、これ以上長居することは叶わない、巫女としての仕事が雛罌粟にはある。

「それでは我は是から仕事があるものでの、またの」
「あぁ、また」

 雛罌粟の後ろ姿を銀髪は眺める。姿が見えなくなっても眺め続ける。
 一人の空間はやけに寂しい。銀髪は姉の元へ戻ろうと重い腰を上げる。
 ふと、庭の先――境界の先に二人の男女がいるのが視界に映る。男女は此方には気が付いていない。
 仮に気がつかれていたとしたら、不法侵入者である銀髪には問題があったかもしれないが、気がつかれていないのなら問題はない。あの二人に問題があったとしても――自分には関係ないことだと判断する。
 銀髪の周りには幻想的な銀色の粉が舞う。そして――銀髪はその場から消えた。


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