零の旋律 | ナノ

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「例えば石ころを投げられただけで、それはバタフライ効果を伴って、この地を崩してしまうと思うよ」
「ならば、お主がその石ころか?」

 雛罌粟の言葉に銀髪の青年はキョトンとする。一瞬何を云われたか理解できなくて。次の時には思わず笑っていた。

「あまり声を出すな、他の者にばれるぞ」

 規則では不法侵入者に対しては厳しく罰せられるし、第一雛罌粟も規則違反の肩棒を担いだことになる。
 故に、雛罌粟が本来取るべき方法は他の者を呼ぶか、銀髪の青年を自らの手で排除する必要があった。けれど、そうはしたくない思いが雛罌粟の中に確かに存在していた。
 銀髪の青年が例え何者でも構わなかった。だからこそ、見つかった時のリスクをも考慮せずに銀髪の青年と会話を続ける。

「全く、君は面白いね。名前は?」
「我か、我は雛罌粟。お主は?」
「……僕は……」

 名前を名乗ろうか、名乗らないか迷う。現在、銀髪の青年にとって、自分の名前は余り好きではなかった。
 人とは違う流れを生きて行く、人と同じ時を流れることはない。それ故に、その名前を呼ばれる時は憎悪を伴っていることが多かった。憎悪を感じる度に――何時しか名前を名乗ることに対して躊躇を覚えていた。しかし、だからといって名乗りたくないと思ったこともなかった。誰かに自分の名前を呼んでほしい。自分という存在が確かに此処にあると認めて欲しかった。人とは違う流れを生きるが故に、人と同じ流れにいると錯覚したかった――我ながら矛盾した言葉だ、と銀髪の青年は自嘲する

「名乗りたくないのならば我は別に構わん。“銀髪”よ」
「へ?」
「呼称がないのは面倒でな。ならば美しい銀髪をしているのだ、銀髪で良かろう。名前など所詮記号であり、相手を区別する際に必要なもの程度だろう」

 雛罌粟の言葉に唖然としながらも、銀髪の青年は“銀髪”の呼び名がすんなりと胸に染みた。
 何故か嬉しかった。自然と顔が綻ぶ。

「うん。じゃあ銀髪で」

 銀髪、雛罌粟から呼ばれる名前はそれで良かった。それが嬉しかった。
 銀髪の青年は、銀髪と此処で初めて呼ばれることになり、それはその後もずっと定着し続ける。罪人の牢獄支配者として様々な人物と関わっても銀髪と呼ばれた。たまに本名を忘れられているのではないかと――知らない人もいるのではないかと思われる程に浸透した。最も銀色と呼ぶ存在もいたが。

「お主は本当に変な奴じゃの」
「雛罌粟には言われたくないんだけど」

 銀髪からすれば、雛罌粟は間違いなく変わった存在だった。不審者以外何者でもない自分を咎めることも通報することもせず、会話をしてくれるのだから。
 その空間が妙に居心地がよくて、忘れていた――忘れたかった感情を思い出させてくれるよう。
 だが、と銀髪は首を横に振る。


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