零の旋律 | ナノ

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「――お主は何者じゃ」

 間を開けての問い。銀髪の青年は頭を打ったのか、額を抑えながら雛罌粟の方を向く。

「失敗しちゃったか。君、そのなりは巫女だね」

 はにかむ笑顔は全ての絶望を知り尽くしても尚死に場を求めるような笑顔。

「……再度問う、お主は何者じゃ?」

 不審な銀髪の青年に雛罌粟はどう対処すべきか思案する。見なれない恰好は内側の世界ではないことを示している。どうやって結界の内側へ侵入出来たのかは定かではないが、敵対者として対峙するか応援を呼ぶか――見知らぬふりをするか、判断に困る。

「別に怪しい者ではあるけど、怪しいことをするわけではないよ。この季節――此処の自然が好きなんだ」

 嘘偽りではない、その言葉は真実だった。何故なら――この青年の瞳には人は映っていない。

「なら、花見が終われば怱々に立ち去るとよい、他の者には見つかるなよ」
「あれ? 見逃してくれるんだ」
「我は不要な争いは好まぬ。お主の事を他の誰かに告げ口していいことでも起こるのか?」
「それはないかな」
「ならば勝手に花見をする程度我は目を瞑る」

 秩序を乱すつもりもないが、それが秩序を壊すわけではないのなら、規則違反や侵入者を見逃す心を雛罌粟は持っていた。

「有難う」

 お礼の言葉に感情の色を感じ取ることが雛罌粟には出来なかった。幾人の色を見てきた雛罌粟にとって、その色は異色。例えるなら絶望さえも飲みこんでしまった奈落。全てを暗黒に染め上げながらも一筋の光を求め足掻く色。螺旋に絡まった様々な色を全て望もうとのぞまざろうとも色が黒く変貌してしまうような――独特の、今まで出会ったことのない人物だった。

「礼を言われる筋合いなどないわ」

 雛罌粟には是から何時もと変わらな仕事が待っている。これ以上銀髪の青年と会話をしている時間はなかった。。銀髪の青年はその後ろ姿を暫くの間眺める。

「――変った人もこの場にいるもんだ」

 銀髪の青年は呟く。規律や戒律に厳しいこの一角で不法侵入者である自分を見逃す人がいるとは到底思ってもいなかった。


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