零の旋律 | ナノ

V


「それに、今は他にやることがあると思うけど。それを投げ出してまで、彼の動向を気にしたいのかな?」
「……違うな。今は先に片付けることがある」

 水渚の好意を無碍には出来ない。何より朔夜が心配だ。
 泉夜が何者であれ、万が一泉と関係があったとしても――今は気にすべき問題ではない。
 問題を履き違えてはいけない。篝火は泉夜の情報の先へ向かう。信じるに足る証拠は何処にもない。けれど、疑う証拠もない。ならば見当がつかず周囲を彷徨うのと変らない。それならば、情報の先へ向かってみるのもありだ。

「全く、君も君で浮き沈みが激しいこと」
「そうか?」
「君は君で誰かの面倒を何時も見ているからそれを考えないように極力しているだけで、根底では色々あるんだろうね」
「……かもしれないな」

 見ないように目を背けて、けれど背けられない現状が差し迫っているからこそ、深く目敏くなってしまうのかも――しれない。

 目的の場所に辿り着くが、朔夜はいなかった。泉夜が嘘を言ったわけではない。既にもぬけの殻としかたその場所は、先刻まで確かに誰かがいた痕跡が残っていた。
 この場に誰もいないということは、すなわち拠点を移動したことに他ならない。
 何処に移動したのか、皆目見当がつかない。周囲を見回すと、視界に赤が移る。赤は自然と朔夜を彷彿させた。朔夜は一房だけ、髪の毛が赤かった。地毛なのだろう、篝火は一度も朔夜が染めているのを見たことがない。それに朔夜の性格を考えれば、朔夜が髪を染めるとは到底考えられない。
 面倒だ、と一蹴するのがオチだ。篝火は建物内に何時までいても仕方ないと外に出る。
 視界に映った赤は、徐々に鮮烈さを帯びていく。――榴華だ。榴華の赤毛が、自然と朔夜に被っていた。
 罪人の牢獄に光はないのに――光を感じる。
 榴華と栞が並んで歩いてきていた。栞の足取りは不思議な程ゆったりしていたが、双眸が鋭い。
 だが、栞の双眸も水渚を発見した瞬間優しくなる。

「水渚(みなぎさ)どうしたの?」
「みぎわ、だよ。栞ちゃん。今の私はその名前じゃない。彼に朔夜の探索を頼まれたから一緒に来ただけだよ」

 栞が切れた時の防衛策――とは言わない。言った所で意味はない。切れる時は切れる。

「そうなんだ。しかし困ったなぁ。この場所にいないとなると、何処に行ったのか目星がつかない」

 心当たりはない。朔夜は果たして今も無事なのか、心が焦る。
 栞の心が焦りに満たされそうになった時、声をかけられた。

「悪い悪い、ちょっと古かったみたいだ」

 何事もないように近づいてくる。誰かが近付いてきているのは、気配で察知していた。けれど殺気がない以上、唯の通行人と判断した。
 何事もないように、後ろに誰か近づいてきているのはわかっていた。けれど殺気も何もない以上ただの通行人、と判断した。


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