U 悧智は地面に横たわる。足元が真っ赤に染まる。身体を動かそうとしても動かない。 律は悧智の前に一歩一歩近づき、その首を狩ろうとする――それを、制止させる手が、律の前に広げられる。 「何故止める? 雪城」 「決着はついた、態々止めを刺す必要性を感じない」 「……のちのち刃向ってくる脅威があるのなら、予めその芽は摘んでおくことだ」 「律、お前はその可能性を視野にいれる必要性は殆ど感じない、不要な命の取りあいは私が好まない」 「雪城、お前が好まなくとも、俺は別に何とも思わない。どけ」 律が一歩前に出ようとするが、相変わらず雪城が手をどける素振りはない。 遅れて砌がやってくる。雪城と砌はお互い殆ど無傷だ。その姿に相変わらず甘いと、律は心の中で毒付く。 可能性が万に一つでもあるのなら、怱々に摘んでおく。それが律のやり方だ。 「悧智!?」 砌が悧智に近づく。弱弱しいが息をしている。しかし、風前の灯だろうことは一目で判断出来る。特に脚からの出血が酷い。 「砌、お前がこのままそこの人物と共に手を退くのなら私は何も見なかったことにしよう」 「待て! 勝手に話を進めるな」 異議を唱えるは勿論律だ。 「律。何度もいうようだが」 「お前の意見を俺は聞いていないし、聞く必要もない」 「知っている。けれど――私は目の前でお前が人を殺すのが好きではない。このまま退け。砌。仮に私に勝てた所で、そこから先の勝ち目はない。今ならまだ――命をとどめることくらいは可能だろう」 「……私と悧智はただの共犯者よ、見捨てて私一人で挑むことだっていくらでも出来るわ」 砌は冷静に応える。律は何処か苛立った様子で雪城を睨んでいる。 「いや、お前は退くと思っている。是でも私は人を見る目があると自負している。……律が止めを刺す前に早く戦線離脱しろ」 「……」 砌は、雪城と悧智の顔を交互に比べる。痛みと苦痛――敗北感に苦しめられている悧智の表情、凛とした雪城の表情。 ――情なんて必要ないと思っていたけれど ――私には復讐しかないと思っていたけれど ――それ以外の道を選んでもいいのかしらね。どう思う? 一度目を瞑る。見開いた時の光景は何も変わらないはずなのに、今目に映っている光景は、今までの光景とは違って見えた。景色が明るく感じられる。 「退くわ」 「二度と、私たちの前に姿を現すな」 それが――逃がすための条件。 砌は悧智を――砌より約二十センチも背の高い青年を抱きあげ、背を向けて歩き出す。 「待て!」 律が大鎌を構えたまま、砌に攻撃をしようとするが、雪城の雪によって視界と気配を阻まれる。 「雪城、お前は俺に殺されたいのか?」 殺気を含ませ、雪城を睨むが、その殺気を雪城は交わしたような雰囲気を纏わせる。 「御免だね、何をどうすれば私が志澄と争う理由になる。私は不要な殺し合いを好まないだけだ」 「その信念を、雅契で貫きとおすんだから大したやつよな」 律は苛立ちが消えたのか、どうでもよくなったのか――大鎌を消し、死霊使いの術を停止する。一瞬服の上からでも空ける程、紋様が光、治まったと同時に死霊はその場から消えた。 「褒め言葉と受け取っておこう」 「けど――俺の邪魔をそう何度もするなよ、そして俺の邪魔を何度もして生きていられると思うな」 「怖いな。まぁ――その時は私も全力で抵抗させて頂くさ」 「殺しを好まない癖にか?」 「背に腹は代えられないからな、お前相手だと」 雪城は律に背を向けて歩き出す。軽く背中越しに手を振る。飄々としているわけではないが、その佇まいが真意を読ませないように律には思えた。 [*前] | [次#] TOP |