T そして、詠唱もせずに――最も、この気温を下げ、場の属性を悧智が凍りに適した環境にしていたからもあるだろうが、それでも上級の術を一瞬で扱う腕前には素直に感心した。 同じことをやれと言われても、律には出来ない。術者としての実力もあるが、術者として此処まで高度な術を連発することは技量的に難しかった。律の知り合いでも、それが用意に出来るのはカイヤ程度のものだろう。 だが、律がそれだけで劣勢になることはない。依然優勢であることは変わらない。 律が大鎌で一振りすれば氷は砕け散る。 「はぁはぁ……ちぃ」 悧智が息を切らせながら、それでも戦意は失われていない。戦意だけは失わない。 「氷塊踊り全てを零下の元へ還せ――」 謳うように悧智は紡ぎ 「爆炎舞ういずる時、煉獄の地を生みだせ――」 紡いでいく 「粉塵をまき散らし、地と空の境界線を――」 複数の旋律が一つのメロディーとなっていく。 「水乱の宴、奏でよ。戦慄なる水の戒め――」 そうして彩られる魔法陣が複数展開されていく。 「なっ、二重詠唱何処ろじゃねぇだろう……どんだけ一つの術として組み合わせていくんだ!?」 律の瞳が、初めて驚愕で見開かれる。一般的に、一つの術は一つの詠唱によって紡がれる。 しかし、中には複数の詠唱を詠唱し、組み合わせることで強力な術を扱う術式も存在した。だが、大抵は二重詠唱といい、二つの術を一つの旋律で詠唱することが大半だ。 それだって扱うにしても高度な技術を要する。失敗すれば術者にくる反発も通常の術より遥かにリスクを伴う。 今、悧智が詠唱しているのは二重詠唱の上をいくものだ。複数の魔法陣が複雑に浮かび合うのを、一つに束ねていく。七色に光る魔法陣はやがて、律の足元にまで及ぶほど巨大な陣となる。 「おいおい……ひょっとしたら……。いや、そんなことをいっている場合じゃねぇ。七重の密約に置いて契約されたしは――」 律は結界術の詠唱を始める。しかし本来結界術は律の専門分野外だ、それに加え悧智の多重詠唱を防ぎきることが出来る程の高度な結界術を律は扱えない。 だが、結界に何かを付加させることは可能だった、律は結界術を唱えながら攻撃を回避――否、攻撃を加える事を思案する。 「終息せし霧月」 悧智の詠唱が終わる。魔法陣の色どりは一変して真っ白なものへ変貌する。 周囲一帯を深い霧が覆い尽くす。 凍てつくような気温は氷の礫を作り出し、律に襲いかかる、氷の礫は結界をもろともせず透き通る。 煉獄の炎は周辺一帯に陣を作り、大地を焼き尽くす。コンクリートも煉瓦ももろともしない。 律は大鎌を振るう。死霊の術が悧智に襲いかかる。 そして――決着は何れ着く。 [*前] | [次#] TOP |