第十話:心境の変化 律の術に気味悪さと非道さ、歪さを覚えながら悧智は術で必死に抵抗する。 形勢は律の方が圧倒的に有利だ。悲鳴が、叫び声が耳にこびりついて離れない。 「ちぃ!」 悧智がいくら術を放とうとも、律の術は一向に数を減らすことはないし、どれだけ傷つけた所で、術に束縛された存在は悲鳴を上げながら悧智に向かって来る。 鎖で強制的に繋ぎとめられ、強制的に使役され、意思も思考も存在も全てが無視された存在。 悧智は人を殺す時、別段感情を抱かない方だ。淡々と殺す姿は冷酷だ、とか心がないとか、冷え切っていると言われることも度々ある。それらの言葉に心を痛めた事もない。 事実だ、と悧智は自分で感じていたからだ。事実に傷つく必要はない。事実は事実として認める他ないと。 しかし、今は違う。感情を抱かない事が出来ない。感情を抱かない方が“異常”だ。 何も思わず、何も感じず、淡々と術を施行する律が、“異常”だ。 「……本当にっ嫌になる!」 神経が図太い方だ、冷酷な方だと悧智は自負している。その悧智ですらこの有様なのだから、普通の神経を持った物から見れば、耐えがたい光景であり、耐えがたい恐怖で苦痛で悲痛で立ってすらいられないだろう。 戦意なんてものじゃない。生きる気力を奪われ、死の恐怖に囚われ――死後を囚われる可能性に泣き叫びたくなるだろう。 「あはは、本当にお前は大した術者だ。術の豊富さもさることながら神経が普通じゃないな――。お前みたいな術者はカイヤ以来だ」 「ふざけんなっ。てめぇの方が神経回路麻痺ってんじゃないのかっ!」 「そりゃ、そうだろう。是が、志澄が死霊使いと言われる所以であり、志澄が狂っている証だ」 「その自ら狂った証に手を出した、てめぇが一番狂っているんだよ」 他の志澄を冠する存在に悧智は出会ったことがない。けれど確信出来た。歴代の志澄を比べた所で、この男に勝る存在はいないと。 第一――悧智の記憶が正しければ、死霊使いの術は未完成であったはずだ。 しかし、今この場に具現し、束縛しているそれらが未完成の術とは到底思えない。 つまり、それが指すことはただ一つ。この男が未完成であった術を完成させた事に他ならない。背筋が凍る。 術者としての力量だけでなく、その非道さに。冷酷無慈悲さに。 「まぁ否定はしないさ。しかし、この術を前にして長々と生き伸びているとは……予想外だよ」 「褒め言葉としても受け取りたくはないな」 悧智は周辺一帯を凍らせる。 「……ほう」 律が目を僅かに細める。悧智が何度倒そうと蘇るのならば、倒さなければいいと冷静な判断をこの状況で下せるとは思っていなかったからだ。 [*前] | [次#] TOP |