W 「なっ」 咄嗟のことで律は全てを交わしきる事が出来ず、額から血が流れる。服も所々裂け、血がにじむ。 そのどれもがかすり傷で致命傷にはならないが、律に無数の傷跡をつけることには成功した。 一瞬律が怯む。その瞬間を悧智は見逃さない。しかし律も何度も攻撃を食らうわけにはいかない。 ピンク帽子から手榴弾を取り出し放つ。 後方に律は下がる。かすり傷だが、痛まないわけではない。ひりひりとした痛みが律を襲う。 傷口から冷気が入り込み血を凍らすような錯覚にまで陥る。 「……はぁ」 律はため息とともに被っていた帽子をとる。ため息をついているはずなのに、その顔は笑っていた。 罪人もはだしで逃げ出しそうな程にあくどい笑みを浮かべ。 「全く、白き断罪最強の術者、その名は伊達じゃないな。いいやこれ以上やっても意味はないだろう」 「どういうことだ?」 「志澄は本来騎士の家系だが、それを塗りつぶす程別の名が浸透しているよな、それはなんだ?」 謎かけのように。 「……死霊使い」 「ご名答。死霊使いの力を特別に公開していやるよ。……実際、櫟を葬り去ったのはこの術だ」 あの時、死霊使いの力を使うまで律は劣勢に立たされていた。 律の術は真っ当な土地であるほど、効力は低くなる。しかしこの、怨念渦巻く貴族の土地は真っ当ではない。数多の命が生まれ、数多の命が消え去った土地。 大鎌を律は仕舞う。悧智は何が来ても対処できるように身構える。 上着を脱ぎ、地面に置く。ハイネックを捲り、左腕を見せる。 「――?」 歪な紋様、歪んだ刺青が禍禍しかった。 嫌な汗が、悪寒がする。何かをしなければならない、そう思いながら悧智の視線は左腕から離れない。 「この地に遍く数多の死霊よ、志澄の名と呪縛も元に具現せよ」 律が唱える。空間が闇に彩られるように、一面を半透明な闇が覆い尽くす。 影のように、蠢く人影が律の眼前に、悧智の眼前に現れる。 「なんだこれは!?」 「云ったはずだ、俺は死霊使い志澄律」 「……まさか、全て死霊!?」 「といっても全員じゃないけどな」 肌にまとわりつく嫌な空気、そして耳にまとわりつく嫌な声。 ――こんなものを、こんなものを耳にしていながら平静としていられるあの男間違えなくおかしい 悧智は心の中で叫ぶ。吐き気がする。平然と扱う志澄律に対して。 この男を見誤っていたと。罪人何処ろの騒ぎではない。 [*前] | [次#] TOP |