零の旋律 | ナノ

V


 律は大鎌を一旦別の空間へ消し去る。そしてピンク帽子から拳銃を取り出す。
 一瞬悧智はぎょっとする。拳銃を取り出したからではない。以前も見たが、帽子の中に武器を仕込んでおくなど並大抵の神経ではないし、真っ当な人間がやる芸当とは到底思えない。
 常に頭の上に拳銃やナイフ、手榴弾といった下手すれば自身が死んでしまう代物を頭上に載せているのだから。もっともピンク帽子の被っていない面積と比べても、どう考えても質量保存の法則を無視しているが、それは律が術を何か使っているからだろう。

「……大地の心音、鼓動、龍脈を一筋につなぎ合わせ、地形を変換せよ」

 悧智が詠唱する。魔術分類すれば上級に当たる。しかし一部の詠唱を破棄している。
 悧智にとって上級術すら詠唱破棄の対象だ。
 大地が蠢き、一定の形から変貌する。地盤が代わり、緩くなる。律の脚が沈むように。

「――ちっ」

 律は風の魔術を使い、宙へ跳ねる。
 それを見越したように大地が盛り上がり律を追いかける。
 律は咄嗟にピンク帽子の中から手榴弾を取り出し大地に向かって投げつける。

「火乱!」

 手榴弾に術を付加し、爆音がとどろく。一気に土煙が舞い、視界を遮る。
 しかし悧智が手を横に振り払うと風が舞い、土煙を振り払う。

「――!?」

 悧智の眼前には屈んで、大鎌を構え、不敵な笑みを浮かべた律がいた。
 防御しようとしたが、結界すらすり抜けて悧智の腕を切り裂く。

「ぐっ」

 悧智は周辺に陣を描く。律は危険だと判断しその場から遠のく。
 陣は青緑色に発光する。
 悧智の右腕からはぽたぽたと血が溢れる。傷は深い。しかしこの程度の傷で戦意を喪失するわけにはいかなかった。今律と戦う機会を逃せば、もう二度と戦う事はないと直感していた。
 最初で最後の復讐のチャンス。逃すはずがない。死にたいとは思っていない。復讐を果たしたからといって死んでしまっては意味がないと悧智は考えている。だからといって何もしないまま引き下がれるはずがない。
 悧智は拳を地面に向けて強く打ち付ける。それと同時に青い閃光が迸り、天候さえ遮る。
 薄暗い曇天とした空が一面に広がる。

「おいおい、全く大した術者だよ」

 稲妻が周囲を覆う。悧智は息を切らせながら、それでもまだ戦意は充分ある。
 周囲が凍てつく。土が凍り始める。
 急激に気温が下がる。それは雪城が扱う雪とは比べ物にならない気温差だ。
 息すらも凍らせるような寒さ。
 悧智は律の元へかける。律も大鎌で構えるが、悧智は拳を繰り出すことはしなかった。
 袖口に隠してあったナイフを二本投擲する。
 大鎌で振り払おうとナイフに触れた瞬間、ナイフが爆発し破片が律に向かって降り注ぐ。


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