零の旋律 | ナノ

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「俺は此処を出たい」

 男は自らの望みを告げる。罪人の牢獄から出たい。それは男だけが望んでいる願いではない。

「王族の青年がいる――そう、取引をしたい。その代わり俺たちを出してほしい」

 複数形である理由は明白だ。単独行動ではない。

「罪人の牢獄支配者に――か?」
「罪人の牢獄支配者に。あいつはこの牢獄で唯一外との接触を持っている人物だ。銀髪がお前に命の危機が迫っているとしたら、俺たちをこの牢獄から逃がしてくれるんじゃないかって思っている」

 沫い期待だとしても抱かずにはいられない。

「俺を助けてくれるとは限らないぞ? 見捨てる可能性だってあるんだ」

 その可能性がないことを朔夜は祈りたい。
 朔夜にとって銀髪は第二の父親のようなものだった。慕っている。けれど同時に銀髪の他人を駒として見る性格を知っている、だからこそ自分もその駒じゃないかと時々考えて、そして不安になる。自分は違うと願いたくて、思いこみたくて、信じていたくて、あの手の温もりを疑いたくなくて。真相を直接本人には問えない。その結果の返答が怖いから。

「その時は、その時さ。俺さぁ窃盗罪で捕まったんだ。もう十年近く此処にいる」

 十年、その年月は罪人の牢獄で生き続けていることは難しい。
 その年月を生き続けてなおもこの男は外に出ることを夢見ている。願っている。

「窃盗罪で、たった一度の罪で此処に追いやられた。妻も子もいたってのにさ……」

 朔夜に聞いてほしいわけではない。ただの独り言のようなものだった。

「だからこそ、もう一度一目会いたいんだよ」

 哀愁漂う表情に朔夜は何も言えなくなる思いを我慢して、口を開く。

「例えそうだったとしても、俺を利用するのはやめとけ。殺されるぞ」
「かも、しれないな」

 男は冷静だった。殺されない可能性を考慮しないほど浅慮ではない。

「お前――あの時の惨劇を知っているんだろう? なら止めとけ」

 惨劇を知って尚誘拐する必要はない。
 殺されるだけ――それでも夢を捨てきれないのか。

「惨劇を直接目にしたわけではない。仲間から聞いた話だ」
「それでもっ」

 真摯な態度に心打たれたわけではない。現状に栞がやってくればあの時と同等の――否、あの時の以上の惨劇が繰り広げられる可能性があるからだ。
 あの時から数年の月日が流れている。栞の実力もそれに伴って昔より遥かに凶器と化している。

「それでも、諦めきれないから俺たちはお前を誘拐したんだよ」

 断言する、信念を貫く瞳に朔夜はこれ以上何も言えない。言ったところで彼らの心は動かない。


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