睡眠不足 本日は実技試験がある日。俺は愛用している刀を片手に、実技室の端にいる。 ぼふ、という音と共に俺に人がぶつかった。 「……久遠か」 振り返ってみると久遠が俺の背中にもたれかかるような状態でぶつかっていた。 暫く返事がない。ぶつかったことにすら気が付いていないようだ。 「……あぁ、閖姫か、悪い」 久遠が俺から離れたが、足取りがふらふらしていて危ない。すぐにその場に倒れそうになったのを俺が支え、壁を背もたれにさせる。 「悪い。手間かけさせた……」 「いや、別にいいけど何があった……聞かなくても大体想像はつくけど」 隈が何時も以上に酷い。それに加え、久遠の目は死んだような目をしていて生気が感じられない。 「十夜の奴が、新作ルールを考えた新しいゲームをやろう! と今日実技試験で朝から授業に出なければいけない日の前日に突然いいだして、それで結局眠いと言っても寝かせて貰えず朝に……」 久遠ならもっと要点を纏めて話す事が多いが、それが出来ないほど思考回路が寝ているらしい。 「お前もお人よしだよな」 「閖姫にはあまりいわれたくないが……眠い……。そして一番納得いかないことはあれだ!」 久遠の目に僅かばかりの生気が宿る。視線は久遠を寝かせなかった張本人――十夜がいる。 「なんであいつは俺と同じように一睡もしていないはずなのに、あんなに元気なんだ!」 十夜は徹夜後とは思えないほど、普段と変わらず――普段以上に元気だ。 「あー十夜、実技試験好きだからなぁ……日ごろの成果が出せるって」 「日ごろの成果を出したいのなら、まずゲームを止めて早く寝て体力を万端の状態にしてから挑むべきだ。コンディションは最悪だろうに何故あんなにはつらつとしている。誰か俺に解説を頼む……」 「本当にお前死にかけって感じだな……」 十夜のやつ、実技試験の日くらいゲームするのをやめればいいのに。久遠の為に。 「十夜は偶に思う。不死身なんじゃないかって、俺はあいつが寝ている所を殆ど見たことがない」 「そういや俺もないな」 夜更かしをしている癖に朝に強い。午前中の授業を欠席することが多い久遠とは違って、同じ睡眠時間しかとっていないはずの十夜は出席している。しかも授業中一睡もすることがなく――船をこぐこともない。 脅威の睡眠時間だ。不眠症というわけでもないらしいからなおさら謎だ。 「俺はこんな状態でまともに試験を受けられるのだろうか……」 久遠の手には弓が握られている。久遠は弓使いだ。 「まぁ大丈夫だろう。別に実技試験が悪かったからって問題にはならないし」 特に久遠の場合は他で補える程優秀な科目が多いのだから。 「……。そういや奈月は?」 何時も俺の隣にいる奈月がいないことに今更気がついた久遠は問う。大分思考まわっていないのがわかる。 「奈月は実技試験いやーと文句いいながら、俺から離れた場所で拗ねている」 「あぁ、流石に試験じゃあさぼり魔の奈月でもそうはいかないか」 「だけど、何故か俺から離れるんだよな。何故だろう」 「そりゃあ……あれだろ」 「ん?」 言葉を纏める為か、久遠は考え込むように――けれど目を閉じることはせず、眠気防止にストレッチをする。 「閖姫の近くに偶々いて、偶々実技試験のパートナーとかにされたら困るからだろう」 「それでか。しかし十夜の近くは問題ないのか?」 「十夜なら、奈月は遠慮なく嬉々としてナイフ振りまわせるからじゃないのか?」 「成程」 「そこは突っ込みをするところだろうが……」 久遠は頭をかくながら苦笑する。久遠の言葉はどういう意味なのだろうか。 「まぁいいや。あぁ眠い眠い眠い」 「眠いを連呼している久遠に一言。お前こそ俺の傍にいていいのか?」 運が悪いと――運がいいと俺と実技試験のパートナーにさせられるぞ。 久遠からの返答はなかった。返事をする体力も会話する気力も使い果たし残っていないのだろう。 ▼あとがき 閖姫と久遠の会話。日常的風景を書きたくて書いたもの。この後結局久遠は閖姫と実技試験のパートナーにさせられます。 |