零の旋律 | ナノ

日常遊戯


+++
 それは昼休みの出来ごと。佳弥は自分の席に座り、冬馬は佳弥の髪をブラシで梳かしている。艶やかな髪はブラシで梳かすことによってより一層輝きを増す。冬馬はゴムで佳弥の髪を縛る、よくある光景。

「なあ佳弥。お前自分で髪くらいやれよ」
「嫌だよ。冬馬が上手なんだから冬馬がやってくれたっていいじゃないか」
「あのな」
「今後も宜しく頼むよ」
「……」

 冬馬は恐らく悪戯心で佳弥の髪を軽く引っ張ったのでしょう。けれど、その悪戯心は思わぬ方向に移動し、佳弥がバランスを崩して――本当は回避できたかもしれませんが――椅子が崩れる。

「ちょっと何をするんだい」

 佳弥は椅子が崩れる直前に、冬馬の方を振り向こうとして椅子と一緒に冬馬を押し倒して倒れた。

「ってえな! 何するんだよ」

 衝撃で頭をぶつけた冬馬は、痛そうに右手で頭を押さえていた。

「冬馬がいきなり僕の髪を引っ張るからだよ、自業自得」
「それよりまずどけろ!」

 以下現状報告。遠目――から見なくとも、佳弥が冬馬を押し倒しているように見える。否、それ以外には見えません。何せ相手が佳弥ですから。場所は教室。時間は昼休み。注目度抜群。複数の視線が佳弥と冬馬に集中する――勿論、私もそのうちの一人ですけれど。気がつかれないように一歩離れる。
 佳弥は聡いし、頭の回転も速い。冬馬の意図を察したのでしょう、佳弥の口元がニヤリと笑みを浮かべた。

「何故だい?」

 悪戯、仕返しとばかりに佳弥は姿勢を低くするので、益々冬馬との距離が短くなる。

「ってめ! わざとか!?」
「当たり前じゃないか、何を今さら」
「ってか――」

 冬馬が無理矢理起き上がり佳弥に顔を近づけ耳打ちする。
 観客としての状況報告。佳弥と冬馬はかなり接近中。

「お前、現在の恰好覚えているんだろうな?」

 耳打ちをしたのは、佳弥が周囲に秘密を持っているから。

「ん? 何か問題あったのかい」

 しかし、佳弥は思い当たることがないとばかりに首を傾げる。

「……お前男装中だろうが」
「ああ、そういえばそうだったね」
「忘れていたのかよ!」

 冬馬は呆れ顔。ため息一つつきたい気分といったところでしょうか。佳弥の、見目麗しい容姿は自然と周囲の注目を集める。さらに気さくで紳士的な態度故、女子生徒から絶大な人気を誇る。日々人気は鰻上り。但し――男装少女である。

「それで、さっきから冬馬は騒いでいたのかい?」
「あのな」
「まあ別に僕は変な噂がたっても気にしないけど?」
「気にしろよ!」
「それに、僕に変な噂が流れた所で、皆が僕から距離を置くわけないじゃないか」
「大した自信だよな、まあ……でも佳弥ならそうだろうな」

 冬馬に同意。例え佳弥にどんな噂が流れようと人気は変わらないし、それで周りから孤立することもなでしょう。

「冬馬はどうだか知らないけれど」
「俺の心配はしてくれないのか!?」

 佳弥と違って、冬馬はなんか人気下がりそうな……ってこともないですね。何せ王子の称号を得ている佳弥と違って冬馬は暴君の称号を得ているのだから。

「何だか暴君かたなしだね」
「間違いなくお前のせいだからな」
「仕方ない。そんな冬馬には」
「な、なんだ?」
「キスしてあげようか」

 佳弥の衝撃の一言に、暴君は凍ったように動かなかった。
 そして、俺は笑いをこらえるのに必死だった。



▼あとがき
語り部:李真
佳弥は時々素で男装をしていることを忘れます。






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -