零の旋律 | ナノ

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「(強さを隠すねぇ……)」

 詐欺師の強さをアークは一見しただけでは判断出来なかった。元々、相手の強さを見破るのに長けているわけではないが、佇まいや言動、視線、外見から素人か、それ以外か――大体の強さであればアークは判断出来る。長年の経験から、それはくるものだ。
 情報屋シャーロアと出会った時も、一目で戦い慣れていると判断したからこそ、ラケナリアの二人組の元まで同行させた。
 しかし、この詐欺師からは強さを認識出来なかった。それはアークの感覚が鈍っているからでも、当てにならないからでもない。単純に詐欺師が意図的に自分を弱く見せているだけだ。
 そんなことに気を使う相手をアークは殆ど知らない。

「(これが、あのジギタリスとかだったら見破る事も出来たんだろうけれどな)」

 アルベルズ王国で戦いたかったが、戦う事が叶わなかった狙撃主を思いだす。

「てめぇ何をした!」

 トランプは詐欺師が投げた物だと遅いながらも気がつき叫ぶ。何をしたのかが明瞭で理解出来ないからだ。

「何って街中で発砲なんてしたら危険でしょ。俺に当たる分には構わないけど、多分俺に当てることは出来ないだろうし」

 それは避けるからか。

「そうしたら通行人に当たるよ。そうなったら困るのはそちらさんも、だと思うけど」
「ぐ……」

 ある種の正論を言われ、返す言葉が見つからない。

「……これ以上長丁場になって、誰かが警備員でも軍人でも連れてきたら厄介か。わかったよ、俺が負けてといてやる。だまし取ったものは返してやるからそれで勘弁しろ――その方がお互いにとって都合がいいだろう?」

 詐欺師にとっては、これ以上面倒事が増えないことが。相手にとっては銃を発砲したこともうやむやになり、そして――だまし取られたものが戻ってくる。
 一時の感情に整理をつけ、自分の感情を押しとどめればそれで終わる。

「ぐむむぬ……わかったよ」

 渋々、承諾をする。実際街中で騒ぎを起こしたのだ、これ以上この場に長居していれば駐屯している軍人がやってくる可能性が高い。そうなれば、捕まる可能性も高くなる。
 ならば――詐欺師の言葉に従うのが一番いいと判断したのだ。詐欺師の言葉に素直に従うのも、如何なものかとは思いながら。だが提案が一番いいのもまた事実。
 それ故に――詐欺師に騙されてしまったのだが、今回は詐欺師も騙しはしなかった。
 自分に不利な事を避けるために、詐欺を働かない。
 詐欺師の被害者は、そのままその場から逃走する。
 周囲に集まっていた人々の徐々に散り散りになって自分たちの目的へ戻る。
 詐欺師は最後に、相手が銃を発砲して傷ついた建物――の持ち主に修理費を手渡した。
 アークは買い物を再会しようとしたが、詐欺師が声をかけてきた。

「お兄さん、凄いね」
「何故、そう思う」

 声をかけてきた言葉の訳を理解しながら、あえて理由を問う。

「そりゃあ。お兄さんはあの男が発砲した銃弾を見もしないで避けたんだから」
「あの程度避けられないと死んでいたさ」

 被害者にとって幸いだったことはもう一つある。
 それは一発目に発砲した時、銃弾がアーク・レインドフの方へ向かっていたことだ。
 是がアークでなければ――例えは治癒術師であれば銃弾が向かってきている事にも気がつかず、腹部付近を直撃していただろう。
 アーク・レインドフに銃弾が向かっていたからこそ、人に被害が及ぶことはなかった。
 その事実を相手は知らないが、詐欺師は気が付いていた。

「まぁな。お兄さんはどう見ても一般人には見えないしな」
「お褒めのお言葉光栄です。俺としてはこんな街中でやられたせいで買い物が進まなかったんだがな」
「そりゃ失礼。では」

 軽い言葉を交わして、詐欺師は街中を堂々と歩く。先刻騒ぎを起こした張本人とは思えない行動だ。

「変な奴」

 アークは率直な感想後、その後詐欺師の事を気にすることもなく買い物を済ませた。


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