零の旋律 | ナノ

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 他人の出来事に首を突っ込む性格はしていない。しかし、トラブルがアークにやってくる。
 発砲音が響く。アークはほぼ無意識的に半歩移動する。移動した瞬間、銃弾がアークの横を通り過ぎ、建物の壁に直撃する。死傷者はいなかった。アークの前が晴天の光が一片、暗くなるとほぼ同時に、目の前に一人の人物が降り立つ。
 漆黒の髪は前だけ長い。左側には薄水色のリボンをしている。青い瞳が一瞬だけアークを捉える。茜色のシャツはふわりと首元を覆い、黒いネクタイに白いコートを羽織っている。年の頃合い十代後半か、二十代。

「騙される方が悪いってのに。あんたもそうは思わないかい?」
「かもな」

 話の流れはわからなかったが、アークは適当に返事をしておく。トラブルの種はこの青年かと判断する。興味は抱かないが、トラブルは早く終息して欲しかった。何故なら、露店の人々が恐慌状態に陥っているからだ。このままではまともに買い物も出来ない。

「騙される方が悪いってよく言うだろ?」

 あくどい笑みを、前方の銃を構えた人物に青年は向ける。

「ふざけんな! 詐欺師が!」
「そうさ、詐欺師だ。だから詐欺師に騙されたのは偶々運がなく、かつあんたの洞察力不足ってわけ」

 トランプを取り出し、カードゲームでも始めるように手の中でシャッフルをする。手元を見ずにやっているのを見て、手慣れているんだなとアークは密かに感心する。

「そもそも騙すほうが悪いだろう!」

 御尤もな事を被害者が叫ぶ。詐欺師と呼ばれた青年は別段気にした様子もない。悪いとは何も思っていない証拠だ。青年の風貌に何処となく見覚えを感じながら、アークは早く終わらないかなと事の成り行きを間近で傍観する。

「まぁそりゃそうだけど」

 全然撤回をあっさりとするあたり、詐欺師にとってはどちらでも構わないのだろう。騙される方が悪くても、騙すほうが悪くても――どちらが悪くても悪くなくても――最も、一般的には騙すほうが悪いのだが。
 善悪理念は興味ない、と言わんばかりである。

「どっちだよ!」

 思わず突っ込みが入る。

「いや、俺は別にその辺に強固たる意志はないからお好きにどうぞ? ――どっちにしたってお前は俺を許すつもりはないんだろう?」
「あたり前だ!」
「だったら、どっちにしたって変わらないじゃないか」

 大通りの物騒な出来事の会話とは思えないほど、詐欺師は飄々としていて何処ふく風である。
 被害者――であり加害者でもある人物は銃を片手に、詐欺師に標準を定める、その瞬間。銃口に何かが突き刺さる。銃口よりも大きい四角い紙のようなものが、銃口を切り裂くようにして突き刺さっている。
 紙――トランプだ。詐欺師が先刻まで暇つぶしをするように手の中で遊んでいたトランプがそこに突き刺さっていた。

「(ほう……)」

 早く終わらないか、と事の成り行きを見ていたアークの目つきが一瞬だけ鋭くなる。
 本来武器として使用されるものではないトランプを、鋭い刃の用に狙いを定め、投擲したからだ。最も――普段から本来武器として使用されないものを武器として扱うアークの戦いを見ているものからすれば、トランプなどまだ可愛いものだと言われても不思議ではない。
 シャッフルしていた時から遊ぶために――暇つぶしようとしてトランプを取り出していたわけでなく、攻撃を何時でも出来るようにトランプを所持していたのだ。最もシャッフルをしているのは単純に暇つぶしの目的も大いに合ったのだろうが。飄々としている態度が、自らの自信から来るものであれば頷けるとアークは納得する。
 それと同時に面白い事実に気がついた。


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