零の旋律 | ナノ

始末屋風邪疑惑


「あーだるい」

 アークは何時も通り日が昇ると同時に目を覚ましたが倦怠感を感じ起床する気になれなかった。
 何かしただろうか――と思い返す。

「(……そういや、昨日の依頼、夢中になって大雨の中駆けまわっていたのが原因だろうか……)」

 風邪をひいたかもしれない、という事実に思い当たる。

「(うわぁ、最悪だ。風邪なんか万が一にでも引いたらヒースやリアトリスに何云われるかわかったもんじゃない)」

 風邪を隠して一日を過ごそう、密かにそう決めたアークだったが目敏いヒースリアとリアトリスの手によって呆気なく崩れる。

「主―なんだか体調悪そうですね、まさか風邪ですか!?」
「おかしいですねぇ、馬鹿となんとかは風邪を引かないってきいたのですが」
「お前、ふつう馬鹿の方を隠すんじゃないのか」
「いいえ、読解力の乏しい主にも理解して頂こうと隠しませんでした」
「……」

 という何時も通りのやりとりの中で、風邪をひいたことを発覚されてしまう。
 風邪をひいたお蔭で、朝食の準備はリアトリスがすることとなった。リアトリスの後ろではカトレアが皿の準備をしている。
 アークが風邪をひいたから休ませる為に、自分たちが率先して料理を作ります、という殊勝な心は持ち合わせていない。

「主の風邪を移されたら重病になるのでやめて下さい。私たちの健康危機です」

 という理由だ。
 今日一日は寝ていようと決める。風邪を引き摺ったまま仕事をして仕事に支障が起きたら困るからだ。

「カトレア、後であいつに連絡しておいてくれ」

 アークは自室に戻る前にカトレアに治癒術師への依頼を頼んだ。


 一時間後、レインドフ家に一人の治癒術師が現れる。リアトリスと共にアークの自室へやってくる。
 ヒースリアじゃなくリアトリスが一緒だった理由は明快で、治癒術師はヒースリアが苦手だった。
 ヒースリアの顔を見た途端、顔をひきつらせていたのがリアトリスの記憶に新しい。

「主―はいりますよーぼったくり治癒術師がきましたからー」
「はいはいってすでに開けているだろうが」
「室内へは踏み入れていませんのでまだです」

 ノックもせずに扉をすでに開けていた。

「よう、リィハ。早いな」

 治癒術師――リィハと呼ばれた人物は、白髪の髪を肩で揃え、紫色の瞳は物珍しそうにアークを眺めている。黒い帽子を被り、手は銀色に桜色の模様、そしてピンク色の魔石をつけた杖を持っている。

「ハイリだ、ハイリ。逆から読むな」

 リィハはレインドフ家の者が呼ぶ時の仇名で本名はハイリ・ユート。

「リィハ。それにしても早いな」

 先ほどの返答がなかったため、再度アークは問う。連絡してから一時間程度で人里離れた屋敷までやってきた。

「そりゃあ、お前が怪我をしてくれればその辺の奴らを相手にするより一気に儲かるから、常にこの大陸内にいるからな」
「……さいで」
「いい金づるから怱々離れるわけがないだろうが」
「お前が守銭奴だな」
「だが、俺は治癒術師であっても風邪は専門外だぞ? 第一お前が風邪をひくなんて天変地異のまいぶれか? だとしても俺は不思議とも何とも思わないけどな」

 遠慮ないものいいにアークは苦笑する。何時も通りだと。ハイリと会うのは約半年ぶりだった。しかしつい先日出会ったばかりのような錯覚に陥る。


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