零の旋律 | ナノ

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「何よ、あいつ」

 少女が忌々しそうにアークを睨みつけるが、アークには少女のそれは映らない。
 今、アークの視界に移るのは魔物の群れであり、敵。敵であるなら討伐し、排除するのみ――それが始末屋レインドフ。

「相変わらずお兄さん強いよなぁっとっ」

 アークが全ての魔物を始末するわけではない。むしろアークの標的から外れた魔物は当然ラディカル達にも向かって来る。ヒースリアは何をするわけでもなく、欠伸をするように攻撃を交わす。その動きが一々優美で、ラディカルは微妙な心境になる――戦えと。
 ラディカルも身軽に鋭利な牙を交わし。残った大ぶりのナイフで魔物を殺していく。

「……そのまま魔物に一飲みにされればいいものを」

 ぼそりと、ラディカルに聞こえる声で呟く。

「腹黒執事まてやぁ」

 思わず大声で叫び、魔物の視線を集める。

「ちぃ」

 ラディカルは右へ左へ、時にはバクテンを決めて魔物の攻撃を交わす。徐々に最初にいた位置からはずれる。
「(怒りだろうが。なんだろうが……)」
 ラディカルの軽やかなナイフ捌きは、それだけで素人ではないのをわからせる。
「(例え、末路だったとしても……悲しみの咆哮でも……そうだったとしても)」
 普段はブーメランのように投げる戦法を得意としているラディカルだが、勿論普通にナイフように扱うことも出来る。乱戦になる現状で、一刀しかないナイフを投げつけるのには聊か不安があった。
「(俺は、俺の目的の為にお前らに刃を振るう……!)」
 ヒースリアは魔物の攻撃をかすりもせずに交わすが、攻撃に出る様子は一切ない。

「そこの真っ黒執事! 何故交わすだけなんだよ!」

 ラディカルの叫び声に

「そんな面倒な。それに貴方が戦う魔物が増えれば増える程貴方が仕留められる可能性が上がるじゃないですか」

 悠長にヒースリアが答える。

「このサディスト執事がぁ!」

 アークにナイフを掠め取られていなければ、今頃ラディカルはヒースリアに向かってナイフを投げていた事だろう。幸いなことなのか、ナイフは一刀しかない。
 三人の周りには魔物の死体が徐々に増えて行く。大半はアークが仕留めたものだが。

「何、あいつ……」

 少女の独り言も彼らの耳に届かない。

「……だったら」

 シデアルの街から悲鳴は止まない。市街地から少し離れたニーディス家の前でも悲鳴が伝わってくるのだ、街中は凄惨な事になっているに違いないだろう。大勢の魔物の前に、手も足も出ない。食われていくだけ――死を実感するだけ。そして絶望する。

「電来よかの地より転移し響け」

 少女は唱える。少女の指先は円を描くように動き、二十センチ程度の魔法陣が具現する。

「――――」

 少女の呪文と共に雷の咆哮がアークへ向かう。
 雷の殺気をアークは肌で感じ取る。そして、そのままアークは間一髪、という表現が相応しい程ギリギリに交わす。

「よっと」

 ギリギリに交わしたとは思えない余裕さをみせながら、アークの攻撃対象となった少女へナイフを投げた。

「っておいお兄さん!」

 慌ててラディカルが走り出す。海の方へ向けて、しかし海へ間違いなく落下するであろうナイフを見送ることしかできない――そこへ魔物の咆哮と風圧にラディカルは防御空しく飛ばされる。
 運が悪いことに飛ばされた方向は海だった。

「げっ」

 高台から落ちれば一溜りもない。そんな高さを誇っている場所から、後ろ向きに落下する。手を伸ばしてみるが、何処かに掴む事も出来ない。


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