零の旋律 | ナノ

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 アークは石ころを数個手に握りしめ、ボールを投げるように投げる。それらは一個も外すことなく脅威の命中率で軍人を一気に数人昏倒させる。

「ってめ! 真面目にやれやぁ!!」

 軍人が叫ぶ。石ころで倒されたくはないからだ。しかし石ころを軽く投げただけで数人を一気に倒せるアークに真面目に戦って欲しいとも本心では思っていない。やられるのならば、出来るだけ痛みの少ないやられ方を、そして生きていたかった。
 だからこそ最小限の被害で済む方法を模索する。
 本来戦う術を知らない市民は次から次へと倒れて行く。それでも人の波は収まらない。
 諦める事をしなかった。最後に手を掴めるのは希望だと信じて。希望を求めて。大丈夫だ、と心の中で呪文のように呟く。
 カイラはジギタリスの元で隣に並んでいる。特に何もする素振りは見せない。
 ローダンセはその様子に、二人を無視し、軍人と戦う。ローダンセはジギタリスやカイラには及ばないもののこの国屈指の実力を誇っている。そう簡単に負けるわけがなかった。
 リアトリスはアークの隣に立ち、明るい笑顔を見せながらいる。アークの隣にいることが最も安全だと、リアトリスは考えているからだ。

「リアトリス……お前なぁ」

 アークは僅かに呆れ気味だった。

「だって、それが一番楽でしょー」
「……もういい好きにしろ」
「諦めのいい主も不気味ですね」
「……」

 アークは黙って軍人を昏倒させている。手短な石ころが尽きたため、今度は倒れた軍人が所有していた警棒を使っている。やっと武器らしくなっていた。
 カルミアは体術で軽く軍人をあしらっている。それだけでカルミアの実力の高さが証明される。

「あぁ!? なんでたった市民を制圧できねぇんだ」

 将校の一人が苛立った様子を見せる。混乱は鎮圧することすら未だに終わっていない。

「ジギタリス! てめぇ少しは仕事をしろっ!」
「……私は別に命令される覚えはない」
「てめぇは軍人だろうが!」

 宮廷軍人最強の異名を持つジギタリスが活発的に動けばこんなもの何ともないと思っている将校はついに叫ぶ。ジギタリスに動け――と。

「……私が動いたところで結末は変わらないだろうに、あの目は節穴か」

 将校に聞こえないようにジギタリスは悪態をつく。ジギタリスはすでに勝敗が見えていた。
 カルミアと始末屋アークがそろっている時点で、此方に勝ち目はないと。それだけではない、他にも実力者が数名いる。だからこそ、無駄だとジギタリスは最初から石垣に座り動こうとはしなかった。
 だが、このまま此処に座っているのも面倒だと、ジギタリスがついに石垣から身体を動かす。

「カイラ、ついてこい」
「あぁ」

 そしてジギタリスはアークの前に立つ。

「……まさかお前が相手になるってか?」

 アークは楽しそうに笑う。

「ほわー、誰も好き好んでレインドフには来ないだろーって思っていたのに厄介な方がきちゃいましたよ。私の防衛策はどうなるんですか、全く」

 リアトリスが緊張感の無い声で抗議する。

「お前は少し黙っていろ」
「……レインドフ」
「何だ?」
「私は別に結末が見えている争いに首を突っ込もうとは思わないさ、だが……私には求めているものがあるのでな」
「それはこの国じゃないと手に入らないものか?」
「いいや、この国では手に入らないものだったのかもしれないが、そんなことはどうでもいい。恐らく私の過去の目的と今の目的が違えた事によって生じているだけだろう」
「ほう、で?」

 ジギタリスが自分と殺し合うのか、それともそれ以外か。
 アークの手には何も握られていない。手ぶらだ。警棒はジギタリスが自分に近づいてきた時その辺に放り投げていた。奪った警棒ではジギタリスを相手どるには役不足だと判断して。


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