\ 「騎士団に――人族に仕えていながら、貴方は何故私を助けた?」 ホクシアの質問。本来憎むべき人族に味方した存在カイラ。それなのに今はホクシアを守っている。 本来すべき職務を放棄してまで。 「俺が仕えているのは唯一人、ジギタリスだけ。国に忠誠を誓ったわけでも、騎士団に忠誠を誓ったわけでもない。ジギタリスだけに俺は忠誠を誓ったそれだけだ」 人族を恨んでいないわけがなかった。カイラはこの国で育った。 まだ何も知らない幼少期から、地下牢で育った。魔族として虐げられるだけ。傷だらけになろうとも誰も助けてはくれない。ただ虐げるだけ、武器の性能を試すといってその肌を傷つけられる。 痛みに泣き喚けば煩いと殴られ、また傷つけられる。 痛みさえなければ、そう思って我慢し続けた結果痛みを殆ど感じなくなった。 けれど――傷は一つ一つ深く傷つけていく。身体を心を、決して消えない傷跡。 ジギタリスが自分の目の前に現れなければ今もなお牢獄の中で生かされ続けただけだろう。唯の便利な忌まわしい道具として。 だからこそ――カイラにとって大切なのはジギタリスだけ。 ジギタリスだけいればいい、他には何も要らなかった。 人族は誰を殺しても構わなかった、自分たち魔族を理不尽な力を持って圧政し続けたのだから。 魔族を同胞を嫌っているわけではない。 ただ、カイラにとっての全てはジギタリスというだけ。けれど、目の間にいる魔族を放っておけることも出来なかった。 「そう、そういうこと。でもそのジギタリスとやらも人族のようだけれど?」 人族は魔族を忌み嫌う者。そのジギタリスに忠誠を誓っているカイラが何故魔族である自分を助けたのかと。 「ジギタリスは別に魔族を嫌っているわけでもない、人族を嫌っているわけでもない、魔族を好いているわけでもない、人族を好いているわけでもない」 どちらも同じ。同じ天平の上にいる。 「……理解出来ないわ」 「そりゃ、そうだろうな。大抵の人族だって理解出来ないはずだ。人族も魔族も、好きでも嫌いでもないのさ」 アークが口を挟む。回りを見渡せば軍人のほぼ全員が昏倒させられている。 ジギタリスはそれでもなお石垣から動こうとはしない。傍観を決め込んでいる。 「どういうことかしら?」 アークの言葉には、ジギタリスの行動や言葉が理解出来ているようにしか取れなかった。 「カルミアだってそうさ」 「そうね。逆に言えば私たちはそうとしか考えられないといったところかしら」 カルミアが口元に手を当てて笑う。 自分たちは人族にして同胞殺し。依頼があれば誰だって殺すのであれば、依頼が人族を片っ端から出来るだけ殺害しろと言われても殺害する。 情は持ちこまない。ただ淡々と機械作業をするように。 「貴方たちにもまた理解出来ない領域があるということよ」 アーク・レインドフとカルミアの生き方も生きてきた場所も違う。 それでも――ある境界を決めるとしたら同じ枠に収められるだろう。自ら同じと思うのではなく他人のひく境界が同一であるということ。差異の違いは同種であれば違いと認めるし、違うと否定するが同種でなければ差異等同一でしかない。 「そう。そうね。人族という括りで全てをくくっているわけでも私はないわ」 ホクシアは刀をゆったりとした動作で拾う。 「此処は退くわ、これ以上いた処でどうやら無意味のようだし、第一人手が足りないわ」 アーク・レインドフ、カルミア、味方か不明なカイラ、ラディカル、そして一人仲間がいなくなったところで動ずることなくただ傍観し続ける女性ジギタリス。 予想外の人物たちにホクシアはこのまま戦い続けるのは意味がないと判断した。不要な怪我をして、その後の計画に支障を出してはいけないと。 「でも一つだけ――。貴方、他の魔族は知らない?」 魔族であるカイラに尋ねる。不思議なことだった。 この街にきてからホクシアは一度も魔族を見かけなかった。同胞を探している彼女は誰一人として見つけられることが出来なかった。 アルベルズ王国がいくら、敷地面積が他国に比べて少ないとしても、魔族の人口がそもそも少なかったとしても一人も出会えない違和感を覚えていた。それでも漠然とした違和感だった。 [*前] | [次#] TOP |