X 「何をしているって、これ以上圧政に耐えてきても意味がないからだ」 「その為に自ら命を落とすのか?」 淡々とした口調には何の感情も抱かれていない。 「一つだけ、質問してもいいか?」 「何だ」 「何故。お前たちは国の現状を知っても、今のままでいようとする。そうまでして、自分たちだけ甘い蜜を味わっていたいのか? まやかしの蜜に酔いしれていたいのか?」 「私にその質問は無意味だ。問うのならば、他の貴族や王族にでも問うといい。私は別に何がどう動こうと興味はない。私は、私の仕事をこなすだけだ」 同じだ、ローダンセは直感する。同じ返答をローダンセはアークから受けた。異質さを肌で感じる。 相容れない存在。世界が違うのではと錯覚すら起こす。 「まぁ、貴族は一度味わってしまった甘い蜜を手放せないだけかもしれないがな。――どちらにしろ、私には関係のないことだ」 ジギタリスは手短にあった石垣に座る。 「ローダンセ、お前では私には勝てないだろう。勝てないだろうに何故――それとも、あそこのいるレインドフに頼むというのか?」 「……気がついていたんだ」 「私が気づかない訳ないだろうが」 ジギタリスは広場近くにアーク・レインドフがいることに気が付いていた。同様にアークも気が付いている。アークはまだ動かない。ローダンセの依頼がないからだ。 「いいや、俺が、あんたの相手をするさ」 「何故?」 「この人数相手じゃ、俺にはいくらなんでも勝ち目はない。だったらレインドフが人数を蹴散らしてくれた方が有難い」 ローダンセの結論。叫ぶ、離れた場所にいるアークに届くように。 アークはその言葉を受け、ローダンセの隣に姿を現す。 アークの姿をみた市民の一部は怪訝な顔をしたが、ローダンセに対して刃を向けていない事を確認すると、何か作戦があるのだろうと判断する。 「そりゃあ、これくらいの人数蹴散らすのはたやすいことだけど、殺す? 殺さない?」 「殺さないで戦意喪失させてくれ」 「りょーかい(……にしても、甘いことだ)」 足元にあった石ころを蹴り宙に上げ、それを掌で掴む。 「全く。もの好きだな。レインドフに私を殺せと命じる方が手っ取り早いだろうに、カイラ、ローダンセの相手でもしておけ」 「わかった」 ジギタリスの隣に寄り添うようにいた青年が、一歩前に出る。透き通るような銀色の髪、ジギタリスとは対照的な黒い軍服。胸元には青紫色の薔薇の飾り。瞳を隠すかのようにサングラスをつけている。 袖は長く、手を覆い隠す。 「あれが、ローダンセのいっていたカイラってやつか」 姿をみてもなお、アークの記憶にある人物とは一致しない。恐らくはこの国出身なのだろう。 カイラはジギタリスの命を受け、ローダンセに向かっていく。ローダンセは槍を構え迎え撃つ。 カイラと直接対峙したことはない。 アークは手ごろな石を手に、その辺の軍人を昏倒させていく。 市民もただ黙っているわけじゃない、ローダンセとアークから離れた処で乱闘を起こす。人数の上では市民が勝っている。しかし力の面では軍人の方が上だった。 ローダンセが槍を振るうと、それをカイラは袖口に仕込んであるナイフで受け止める。 ニヤリと口元が笑うと、ローダンセの腹部に傷が出来る。赤く染まり、痛みが全身を駆け巡る。 「はぁ!」 ローダンセは力を込め、カイラの首元を狙い、槍を放つがカイラは軽々と交わす。 ――強いっ。 実力差をローダンセは肌で感じる。アーク・レインドフとどちらが強いかと問われればローダンセはアークと答えただろう。だが、カイラも決して弱いわけではない。貪欲に食らい尽くす軍人や貴族の中であってその実力はぴか一だ。ジギタリスを除けばこの国の軍人で一番強いのは恐らくはカイラだ。 [*前] | [次#] TOP |