零の旋律 | ナノ

約束


 ノハの頬に雨が降った。ノハは切り刻まれた腕を伸ばして、指でリアトリスの頬を撫でる。

「リア。君が本当にしたいことは、カトレアと一緒にいることだろ? 僕と一緒にいることじゃない」
「……でも」
「戻りな」

 リアトリスの身体をノハは優しくどかして、起き上がり、地面に転がっていた拳銃を拾い、木に寄りかかる。呼吸は荒く、視界はぼやける。

「ノハは、どうするの」
「――ねぇ、リア。僕と『約束』しようよ」
「やく……そく?」
「そう。生きてきて僕は『約束』を守ってもらったことがない。だからリア。今度こそ君は僕の約束を守って」
「……いいよ。でも、ノハ」
「僕はどの道、そう長くないよ。死んでいる身体を継接ぎで無理やり動かしていたようなものだ。シェーリオルの追撃は終わらないだろうし、君が僕を殺さない事実は作らないよ」

 ノハは拳銃を自らの額へ当てる。

「ノハ……」
「だから、リアは僕との約束を守って」
「有難う」
「うん。あぁ、そうだ、カトレアにごめんとでも言っておいて。じゃあ、僕と約束しよう。リア『――――』」

 約束を告げる。
 リアが頷くと同時に、ノハは自らの意志で引き金を引いた。

 リアトリスはあふれる涙を止めようと手で拭うが次から次へとこぼれてきて一向に止まらない。せき止めるはずの機能が停止してしまったかのようだ。
 カトレア以外に向ける感情なんて、ごくわずかしか存在しないと思っていたのに、それは嘘だった。

「……ノハ、さようなら」

 ノハと出会ったからこそ、カトレアは生きていけることができた。

「ありがとう」

 安らかな表情をしたノハの瞳を、リアトリスはそっと閉じる。
 血を流しすぎてふらつき、痛みで重たい身体を無理やり起こして、リアトリスはカトレアがいる場所へ――戻るべき場所へ、歩み始める。
 魔族の村へ到着した時、入り口で大切な妹が泣きそうな瞳でこちらを見ていた。

「お姉ちゃん!」

 カトレアは駆け寄ってリアトリスを抱きしめる。
 姉は自分を安全な場所において、一人どこかへ消えてしまうのではないかと確信にも似た不安が心中を渦巻いていた。
 けれど、姉は戻ってきてくれた。
 それが何よりも嬉しかった。隣にいたシャーロアも、最初怪我だらけのリアトリスを見て驚愕したが、二人して微笑みあう姉妹に自然と口元がほころんだ。

「おかえりなさい、リアトリス」

 シャーロアも笑顔で迎える。

「うん。ただいま、有難う!」


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