妹がくれた可能性 +++ 現在の時は戻る。刃と刃が躍る。 花弁の刃をノハは銃剣で弾き飛ばす。弧を描きリアトリスのほうへ躍る花弁の刃を、躍るように匠に操る。 「始末屋たちとの日々は楽しかった?」 槍と銃剣が真正面から衝突する。 「私は――うん。楽しかったよ。アークは仕事中毒の戦闘狂で救い用のない馬鹿だし、始末屋で貴族とかわけのわからないとこだし、リテイブは執事なんて似合わないことやって、執事の仕事はしないし性格悪いし、けど――楽しかった。思い出せばきらきらと輝くような、楽しい日々だったよ」 「じゃあ、戻ればいいじゃん」 「戻れないよ。レインドフ家は――たとえ、レインドフがレインドフであり続けてもね、私やカトレア、それにリテイブとアークがいた日常は終わりよ」 「どうして?」 距離をとると、先刻いた場所を銃弾が貫く。 「リテイブとアークは殺しあうから、殺しあう約束をしているから」 「……なるほどね」 「そう。終わりが来るのは初めから決まっているの。だからもう戻る同じ日常はない。けど、いいのよ。楽しい思い出はもう十分につくったから」 「そう」 頬を銃弾がかすめる。流れる血を乱暴に拭う。 リテイブがアークを殺害したいと思い続ける限り、アークがリテイブを殺したいと思い続ける限り、いつかレインドフの日常は終わる。 新たなレインドフが始まろうとも、それは同じじゃない。 だから、リアトリスは二人が決着をつける前に、離れる必要があった。 どちらが勝者であれ敗者であれ、二人が同じ時を歩むことだけはない。 勝者が生き残り、敗者は死ぬ。 そんな未来を――リアトリスはカトレアに見せたくなかった。 終わりは笑顔で。 だから、シェーリオルの手紙はきっかけに過ぎない。 レインドフでの思い出を作り終えたリアトリスはタイミングを見計らっていた。そこへ届いた手紙はリアトリスにとって離れるきっかけであり、決着をつける相応しい機会だったのだ。 利用したに過ぎない。 それで――よかった。 たとえレインドフを離れることになっても、思い出は残っているから。 ――あぁおかしいな。私にとって、カトレア以外はどうでもいいことなのに。カトレアが悲しむのが嫌だからアークとリテイブが決着をつける前に私たちのレインドフを終わりにしたのに、それだけだったはずなのに。私も寂しいなんて思うとはね……。 ――感情なんて、カトレアに対して以外、あったとしてもほんの少しアークとノハへの感謝があるだけだと――思っていたのになぁ。 不思議だ、とリアトリスは思ったあと笑った。 ――私も楽しいって思っていたんだね。あの日々を、偽りじゃなくて本当に。 ――まぁそれもそうよね。あんな変な場所にいたんだから リアトリスは心から笑う。 それをノハは穏やかな表情で眺めながら、お互い攻撃の手は休めない。 花弁の刃が太ももをかすめる。銃弾が左肩を貫く。 貫いて、切られて、真っ赤な鮮血を噴き出して、それでも手は緩めない。 決着がつくその瞬間まで。 幾重にも繰り返す。血が血で洗い流される。 青い、雲一つない空が憎たらしいほどに美しくて、リアトリスは宙を躍るようにノハの攻撃を回避しながら笑った。 [*前] | [次#] TOP |