始末屋依頼 +++ レインドフ家に戻れば観光から日常へ戻る。ハイリとは道中で別れた。 休業中の札を戻し、仕事を再開したアークは、誰から依頼が来るのか内心ワクワクしていた。 「主。一度病院へ行くことをお勧めするほどのワーカーホリックですね」 「ですねー。にやにやしてて気持ち悪いです」 内心だけでなく、表情が緩んでいたようでヒースリアとリアトリスからからかいの声が飛んでくる。 「仕方ないだろ。仕事ができるのは楽しい!」 「主が仕事をすればするほど世の中から人口が減っていくだなんて不幸な話です」 「ものすごく感情の籠っていない声で言われても返答に困るだろ」 「あぁ。それはそうと主。仕事の依頼です」 「先に言えよ!」 ヒースリアが手紙を差し出してきたので、アークは奪い取る勢いで手にした。 真っ白の、差出人も書かれていない封筒を開けて手紙を読む。手紙は二枚入っていた。 「おお、これはこれは怖い怖い」 手紙を読み終えたアークは他人事のように言う。仕事中毒のアークがいうには不自然な程珍しい言葉に郵便配達員から手紙だけ受け取って内容や差出人が誰であったか知らないヒースリア、この場に暇つぶしに来たリアトリスが興味を持つ。興味は持たなかったものの、カトレアは首を傾げる。 「どうしたんですか? 主、ついに脳みそが爆散して思考回路が変になりましたか? 仕事中毒なのに依頼の内容を怖い怖いと客観的にいうなんておかしすぎます」 「普段の俺の扱い方……まぁいいや、読んでみろよ。まずはヒースから」 「わかりました」 ヒースリアは日焼けの少ない白い手で受け取り、手紙を拝見する。 内容を一度軽く読み通して、再度最初から読み込む。 「確かに、これは怖いですね。リア」 「……読ませて」 アークやヒースリアが「リアトリス」ではなく「リア」と呼ぶときは大抵、メイドとしてのリアトリスではない方を呼んでいる時のことだ。 アークのことを「主」と呼びながら、真面目な時は「アーク」と名前呼び――ヒースリアのことを、真面目な時には本名である「リテイブ」と呼ぶのと同様。 だから、リアトリスは名前を呼ばれただけでその手紙が曰く付きの何かであることは容易に察することができた。 手紙をヒースリアからもらい目を通す。徐々にその瞳が見開かれていく。読み終えたリアトリスは手紙を丁寧に折りたたんでから、主人には返さず指と指に挟んで二人に見せる。 「アーク。これ、私に譲って」 リアトリスの表情から感情が消えうせる。 『始末屋。報酬はいくらでも払う。ノハ・ティクスを殺せ。 シェーリオル・エリト・デルフェニ』 一枚目の手紙にはそう描かれていた。 達筆な文字で描かれた用件だけの手紙からは、ただの手紙であるはずなのに並々ならない憎悪が漂っていた。 二枚目にはノハ・ティクスを殺害するに至った仔細が口外するなと記されたうえで記入されていた。 シェーリオルは他の人族には事情を説明していないが、始末屋にだけは真実を記したのだ。 「俺が殺したかったけど仕方ない。譲ってくれたから譲ってやるよ」 アークが笑う。もとよりそのつもりで、リアトリスに手紙を見せた。 「なんですか―それ。お返しのつもりです? 似合わないですねー」 消えた表情を戻して、楽しそうにリアトリスは笑った。 「いいだろ? 偶には」 「そうですね」 「それはお前のものだ」 「うん。もらうよ。ノハは譲らない。ノハは、私が殺すから、他の誰にも上げないよ。例え始末屋アークにも、リテイブにも、第二王位継承者シェーリオルにも、譲らない」 「あぁ、あげるよ」 「有難う、アーク」 「全く、リアも。わがままですね」 「ヒースには言われたくありませーん」 頬を膨らませて抗議するリアトリスに、ヒースリアも笑った。 始末屋も、執事も、メイドが楽しそうに笑う中、カトレアは寂しい笑みを浮かべていた。 彼らはこれが最後の“笑み”であるかのように――笑っているのが、理解できて切なかったのだ。 けれどカトレアは何も言わない。 わかっていた。 始末屋レインドフ家が二週間した旅行が最後であったことを。 レインドフでの日常はいずれ終わりがくることを知っていた。 その日常は永遠であってほしいけれど、永遠が来ないのは、執事が来たときからわかっていた。 悲しいけれど、カトレアは笑った。せめて、涙だけは零れないように。 「アークにリテイブ。――またねっ!」 リアトリスはカトレアの腕をつかんで、駆け出した。 それをヒースリアとアークは見送る。 関係の終わりは近い。 「さて、終わらせようか、そろそろ万全だろ?」 アークの言葉に、ヒースリアは笑みを返す。 [*前] | [次#] TOP |