零の旋律 | ナノ

策士の選択


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 アルベルズ王国での観光をレインドフ家が満喫している頃あい。
 カサネ・アザレアは時間がきたと判断して、王宮を後にした。向かう先は小高い丘の上。
 リヴェルア王国の王都から少々距離がある場所で、人気はなく密会するのには最適な場所だった。
 カサネはこの場にいる暗殺者と真正面から向き合う。


 そよ風が肌にまとわりついて、痛い。痛みが断続的に続いて痛いという感覚すら薄れてくる。
 身体の至る所に包帯を巻いたノハは、空を眺める。
 イ・ラルト帝国と同盟を組んでこの世界を侵略しようとした魔術師たちは既にこの世界にはいない。
 異世界を繋げていた回廊も閉じられたとノハは聞いている。
 魔術師アネモネと初めて出会った時のことを思いだす。
 最初はリアトリスを利用するための頭稼ぎとしてその辺で雇っただけの人族のはずだった。
 作戦は失敗しレインドフ家を相手に、当時の怪我では勝ち目があるはずもなく死を覚悟した。
 しかし、雇った人族でしかなかったはずのアネモネが自分を助け、且つ思うように動かない身体に対して治癒魔術をかけてくれた。
 完治には至らなかったが、以前とは比べ物にならないくらい身体が楽になった。
 アネモネはノハに告げた。『約束』をしないかと。
 約束という言葉に、ノハは自然と笑った。
 アネモネが取引や、条件等といった約束以外の言葉をアネモネが告げていれば、ノハはアネモネに協力をしなかった。
 けれど『約束』とアネモネは言ってきた。
 約束に裏切られ続けたノハだったが、もう一度約束をしてみようという気分になったのだ。
 だが、結局アネモネもまた約束を破って死んだ。
 誰も彼もが『約束』を破り続けるのならば――とノハは思考を切り替えた。
 だったら、約束にない行動をしてあげてみようかとアネモネの死体を見たときに思った。
 怪我の状態を良くしてくれた恩か、はたまた死から救ってくれた恩を感じているのかはノハにもわからない。
 それでも、このままアネモネの死だけで終わらせないでせめて死の土産を上げようとしたのだ。
 そうして、ノハは人気のない場所丘の上でカサネと対面していた。

「アネモネを殺したのは君でいいのかな」

 端的にノハは問う。

「えぇ私ですよ。他の誰でもない、私が一人で軍師を殺害しました」

 一人で、をカサネは強調する。『カナリーグラス』と呼ばれた暗殺組織に所属していた暗殺者ノハ・ティクス。
 彼をアネモネが秘密裏に動かしていたせいで、このような結末を迎えることになった。
 アネモネに一杯喰わされたとカサネは思う。
 イ・ラルト帝国の臣下たちと交渉を終え、ヒースリアたちと合流した時怪我だらけのラディカルを疑問に思い何があったのかを問いただした。
 そこで、カサネは死んでいると思っていた暗殺者が生きている事実を知った。
 カサネがノハの存在を知った時には、全てが遅かった。ユーエリスを殺したのもまたノハであったのだ。

「……実力的に見て、アネモネの方が強いように見えるけど?」

 ノハは首を傾げる。カサネが纏う雰囲気は、アネモネよりも弱かった。一人で勝てたとは思えないのだ。
 カサネにとって、その疑惑は承知の上だった。それでも、一人で殺したと思いこませる必要があった。

「アネモネが得意としたのは、治癒でしょう? 攻撃ではない。数多の策を張り巡らせて挑めば勝てる勝率が零だとは限りませんよ。それに、切り札を私は持っている」
「不意打ちってことか?」
「えぇ。そうなりますね。不意打ちは私の十八番です」

 瞳の色を黒から金にかえることも考えていたが、ノハは不意打ちで納得したようだ。

「一ついいですか? ノハ・ティクス。アネモネに雇われていた貴方は何故、アネモネが死んだあとも行動するのですか」
「偶には、敵討ちくらいしてあげようかなって思っただけさ」
「そうですか」

 ならば、言葉で懐柔することは不可能だと、カサネはもとより低くても頭の中に組み込んでいた方法を一つ廃棄する。

「うん。じゃあ僕は君を殺すよ」

 標準を合わせられても、カサネは目線をノハから逸らさない。
 彼はアネモネとは違う。
 全力で挑んだところで勝ち目はない。
 ノハが生きていると知った時、彼がアネモネを殺害した相手を探していると知った時、怜悧な頭脳が立てられる作戦は全て組み立て終わっている。
 だから、カサネが立てられる最良の手段をとった。
 金の瞳を知られても、変わらずに接してくれたエレテリカの眩しい笑顔が脳内で再生され、幸せな気持ちになった。

「――仕方ないですね」

 カサネはノハに向かって微笑んだ。ノハが、引き金に手をかける。

「カサネ!」

 名を呼ぶ悲痛な叫びが最後耳に入った。

「何故――此処に――?」

 背後を振り向くと同時に、カサネを貫く弾丸。
 死に抱かれる間際、カサネの視界に映ったのは――金髪のそれはそれは美しい青年だった。



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