零の旋律 | ナノ

V


「何だ」
「私がカトレアと一緒にいれる時間がドンドンと短くなるじゃないですか、依頼破棄された時の私の心の喜びようを返して下さい!」

 手を差し出す。勿論握手を求めているわけではない。

「何を返すんだよ!」
「主の命で手を打ちましょう!」
「依頼が出来なくなる!」
「仕事馬鹿は少し冷や水でも被って心を冷気で固めた方がましなのですよ」
「意味がわからねぇよ」
「はい! そこまで」

 永遠に続きそうな会話に終止符を打ったのはグラスをテーブルの上に二つ並べて置いたカルミアだった。
 片方にはワインが、そしてもう片方にはオレンジジュースが入っている。誰に出したかは明白で、リアトリスはオレンジジュースを持ち一気飲みする。

「ふはー美味しいの有難うございますー。あ、料金は主払いで」
「いいわよ、無料で」
「親切ですねー噂にたがわず」
「どうも。さて、ローダンセ本当にいいの? そんな依頼をしてしまって」

 カルミアの視線はローダンセに向く。真摯なその瞳にローダンセはしっかりと視線で返す。

「あぁ、構わない」
「そう、でもお金はどうするのかしら?」
「なんとかするさ」
「レインドフ家は決して安くはないわよ」
「それでも、何もしないよりましだ」
「はぁ」

 ため息一つ。カルミアは袋から煎餅を取り出し、食べる。

「アーク、私がローダンセの代わりに払うわ。それでいいわね?」
「お前が払ってくれるなら割増してもいいか?」
「――殺すぞ」
「……はいはい」

 苦笑いしながらアークはすぐに退く。カルミアと殺り合うつもりは毛頭なかった。

「っておい! いいのかよ?」

 ローダンセがテーブルを強く叩く。突然の出来ごとに反応が少し遅くなっていた。

「いったはずで……いったはずだろ? 最初に。それに問題はない」

 口調の変化にローダンセは驚きよりも先に落ち着きを取り戻す。

「そりゃあ、カルミアが払ってくれるなら俺としても嬉しいしな」

 報酬がその方が確実になる。曖昧な依頼は出来るだけ受けないのがアークだ。

「まぁ、ふっかけは許さないわよ?」
「わかっているって相場でって俺は基本相場でしか貰わねぇよ」
「でしょうね。でローダンセ。アーク・レインドフに何を依頼するのかしら?」

 依頼内容によって依頼料は異なってくる。
 ローダンセはよく吟味するように考え込む。カルミアの好意を無碍にしないために、選択しなければならない。だが――答えは何度考えようとも一つしかなかった。

「国を変えるのを手伝って欲しい」
「すっげ曖昧」
「駄目か?」
「いや、いいよ。そんなんで」

 曖昧でも構わなかった。それは依頼人に、この国の現状に心を打たれたからではない。
 カルミアが報酬を払うからだ。だからこそアークは曖昧な依頼を引き受けたに過ぎない。

「全く主の人でなしーですよね。というか、あれですよねぇ。最初っから国のトップを殺せって主に頼めば殺してくれますよ?」

 リアトリスが案を出すが、ローダンセは首を横に振る。

「いいや、それじゃ意味がない」
「そうですかー? まぁ私は政治の事もよくわからないですから不用意な口出しは主以外にはしないことにしますけど」
「俺にはするのかよ」
「主には針を飲ませる勢いでします」
「痛いよ」

 リアトリスは椅子に座って、ジュースのお代わりをカルミアに申し出る。程なくしてオレンジジュースが注がれ、グラスに満たされる。


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