V 「……話を中断させてすまなかったな。続けてくれて構わない」 ジギタリスがカサネに向かって続きを促す。カサネは頷く。 喜びの再会も失った悲劇もそれは後回しにするべきだ。 「では、そちらの彼女は?」 カサネは見慣れぬ女性へ視線を向ける。恐らくはミルラの水の糸で拘束されているが故、異世界の民だろう。 「エリティスの魔族だ」 ミルラが端的に返答するとカサネはそれだけで全てを理解する。 シェーリオルの報告には帰還したこと、責任者や主力戦力を殺したこと、ヴィオラが死んだことが大雑把に書かれていただけだ。 「成程。だから彼らはユリファスへやってくることが出来たのですね。そして、貴方はその魔族を連れて帰って来たと」 「そういうことだ」 「寝首をかかれてもしりませんよ?」 漆黒の髪が揺れるたびに垣間見られる金の瞳は、ミルラへの殺意を隠そうとしていない。 「私がか? はっ。面白くもない冗談だ」 「――大した自信だな。しかし、私とていつまでも大人しくしているわけではないぞ」 カサネとミルラの会話にエリティスの魔族ユエリが口を挟む。 「出来る日が来るといいな」 ミルラは不遜とも取れる態度で返答するとユエリは唇を噛みしめた。 ユエリは自分の実力に自信があった。エリティスに魔族は数少なかったとは言え、平均寿命を軽く凌駕する年月を生きていたが故の自負。けれど、白髪の男――ミルラはそれすら凌駕するほどの年月を生き、膨大な魔力は規格外。 「まぁ……貴方が面倒をみると言うのならば、私は何も言いません」 ――もとより、私が何を言ったところでこの男は聞く耳を持たないでしょうし。 ミルラが魔族を守るのであれば、異世界の魔族を狩っていて貰った方がいいとカサネは判断する。 ミルラを敵に回す方が厄介だからだ。 「世界ユリファスと世界エリティスを繋いでいる回廊を閉じるぞ」 ミルラの言葉に、しかしカサネは同意しなかった。 「少しだけ待っていてください」 その言葉はミルラだけでなく、他の面々にとっても予想外だった。 「なんでだ?」 「――エリティスへ植物の種や土、水などを分けます。その後閉じてください」 「情けでもかけるつもりか? 必要ない」 「情け? この私が敵に対して、情けをかけるような優しい性格だとでも思っているのですか?」 「いいや全く」 情けと言いながらもミルラはカサネが敵に対して温情をもたらすような人ではないことを知っている。 「なら結構。私が彼らに対してそうするのは未来のためですよ」 「未来の?」 カサネは頷く。 「この世界で分けられる範囲のものを分けてあげれば、あとはあちらの世界次第です。魔術の技術に関しては、魔導として話すのであれば、私たちより進んでいます、使い方を誤らなければ、滅びの歯止めをかけることが出来るでしょう。今まで、世界を繋げるのに苦心していたのを、世界を生かすために技術を使うのです。少しずつ彼らの住める大地も増えていくでしょう。そうすれば彼らが私たちの世界ユリファスを狙う可能性は、ただ閉じ込めるだけより減ります。一度、二度あることは三度目が確実にないとは断言できません。エリティスの魔族という研究対象がなくとも今度は自力で世界を繋げる可能性であってあります。その為の研究資料はあるでしょうからね。再び侵略される危険性を最小限に収めるためには、彼らに対して恵みを与えるのがいいと判断したまでですよ」 「成程な。それならば、私とて反対はしない。お前の準備が整うまで世界は繋げておこう」 ミルラは納得した。 未来に再び侵略をされる可能性を減らすための行為であるのならば、それは即ち未来の魔族を守ることにも繋がる。 ならばこそカサネの思惑を否定して異世界を繋げる回廊を閉じる必要性はない。 まだまだミルラは生き続けられるが、それでも不老不死ではない。いつかは死ぬ。 自分が死んだ後にもしも異世界からの侵略者が再びあった時、魔族が無事でいられる保証はない。前回の失敗を教訓としてさらなる未知の技術を身につけてくるかもしれない。 もしもの危険性を減らせるのであれば物資を分け与えることは無駄ではない。 「えぇ、そうしておいてください」 カサネはにっこりとほほ笑んだ。その笑みの裏で数多の策略を張り巡らせている。 [*前] | [次#] TOP |