零の旋律 | ナノ

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 アークは先ほどから視線を突き刺してきているミルラの元まで歩く。

「ほら、ヴィオラだ」

 丁寧な手つきでヴィオラの身体をミルラに渡す。ミルラは座りながら受け取った。

「馬鹿が……」

 人族に対しては冷酷な瞳を絶やさないミルラがレス一族に対してだけは柔和な態度に変わる。魔族とレス一族はミルラにとって全てが愛する家族なのだろう。
 アークはその場を離れて、シェーリオルたちの元へ向かう。

「ヴィオラは……」
「あぁ」

 シェーリオルの言葉にアークは頷く。ジギタリスは静かに目を伏せた。

「……もう少ししたら、ユリファスに戻ろう。ヴィオラの故郷へ」
「そうだな」
「あと、リィハに会ったら始末屋に狙撃手にメイドに全員しっかり怪我治して貰えよ」
「治したらリーシェは戦ってくれるか!?」
「誰が戦うか」

 ホクシアを治療する手を休めずに、シェーリオルは会話をする。
 アークは荒れ果てた大地を眺める。終わりを迎える世界は、自分たちが目的を達成したことによって崩壊の道筋を加速させるだろう。
 けれどもそこにアークの感情はない。始末屋は何も思わない。
 仮に何か思うところがあったとしても、何も思わないようにするだろう。世界ユリファスで始末屋とは言え貴族として育った自分が何かを思うことすら失礼だと判断して。
 ホクシアが自力で動ける所まで回復させたところでシェーリオルは手を休めた。

「有難う助かったわ」
「どう致しまして。それにしても、ミルラの視線はどうにかならないのかな」
「無理ね」
「ははっ」

 シェーリオルは乾いた笑いをする。ミルラはヴィオラとホクシアに慈愛の視線を向けながら、シェーリオルへ殺意すら含まれる圧力を視線で向けていた。
 少しでも治癒術に失敗すれば命を刈り取られただろう。

「……もう少し態度を柔軟にして頂けるとありがたいんだけどな」
「年寄りは頑固だから仕方ないわよ。雨が降ったって地は固まらないの」
「それはホクシアたちにも言えることなのか?」
「ちょっとそれどういう意味よ。言っておくけど、私は貴方よりは年上だけれども、魔族としては若いわよ」
「……何故だ治癒術は失敗してないのにミルラからの殺意が増えた気がする」
「私と会話をしているのが気にいらないのでしょ」

 何処までも徹底して人族が嫌いな魔族だとシェーリオルは思った。
 確かに長年魔族と人族の間には禍根があった。
 魔族の世界を人族が移住させて貰ったのが異なる種族が一つの世界で暮らすきっかけだ。
 それなのにその恩と歴史を人族は忘れ、扱えぬ魔力を求めて魔族と長年争い続けた。
 其れが、呉越同舟をしたからといってわだかまりが全く消えるわけじゃないことくらいわかっている。
 エリティス、ユリファスの人族がレス一族のわだかまりが解消されること等なかったように――ヴィオラとヴァイオレットの会話を知らないシェーリオルだが、その程度のことは予想がついた――魔族と人族の溝も簡単には無くならない。
 それでも、ホクシアや他の魔族とは少しだけ溝に泥がかぶさった気がする。
 けれどもミルラの前にある溝は奈落程に深くて、泥をかけたところで底の見えない奈落を落下し続けるだけで一向に底へ到着しない。
 果たして、ミルラがそこまで人族を憎悪するに至った理由が何なのかシェーリオルは僅かに気になった。

 ――やはり、あの時ミルラに見せた贖罪の本における歴史が原因なのか。

 自問自答するが答えはない。
 


 休息の時間は終わる。荒廃した世界を眺める。屍が積み上げられた血濡れた大地の上空にミルラが世界と世界を繋ぐ扉を魔法で生み出す。
 滑らかに指が動く度に、光の糸が形を伴っていく。無数の糸が一つの束となり扉を生み出す。
 世界を世界が繋がった回廊を渡り、元の世界ユリファスへ帰還する。
 澄んだ空気が呼吸を伝って身体の中を循環する。自然に満ち溢れた世界が彼らを出迎える。
 星星の輝き、月に照らされた夜は静寂な空間。
 数日しか異世界にはいなかったのに、彼らは懐かしい気分になった。



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