零の旋律 | ナノ

異世界との結末


「終わったね」

 リアトリスの言葉にホクシアは頷く。カサネ・アザレアが命じた作戦は是で完遂した。
 あとは皆と合流をして故郷ユリファスへ帰還するだけだ。
 ホクシアはリアトリスの肩を借りながら階段を一歩一歩降りて行く。

「一つ、伝えことがあるです」
「何?」
「ヴィオラが死んだです」
「……え?」

 ホクシアの歩みが止まる。リアトリスはそれに合わせる。愕然とした表情のホクシアにリアトリスは素の口調で告げた。

「ヴァイオレットと相撃ちしたみたい」
「どうして、そんなこと……わかるの」
「最上階で、男が指を差した先には、魔術でこの街を監視している画像の動きが流れていたの。そこに倒れているヴィオラとヴァイオレットがいた」
「……ただ気絶しているだけかもしれないじゃない」
「違う。あれは死んでいるよ」
「――っ」

 リアトリスに回していた手を離して、ホクシアは急いでヴィオラの元へ向かおうとしたが足取りが覚束なくて結局リアトリスの肩を借りるしかなかった。

「急いでは駄目ですよ」
「でもっ」
「どうせ急げないのですから、一緒に降りるですよ」
「わかったわ」

 唇を噛みしめながら渋々頷く。どの道リアトリスがいなければ満足に階段を下りることすら叶わない。ホクシアの方が重傷とは言え、リアトリスも軽い怪我ではない。それでもリアトリスの足取りはしっかりしていた。
 螺旋階段を下りきって外に出る。
 三つの街だけしか存続出来ない、不毛な自然の上に成り立った終わりが近い世界。争いの果ての光景が視界に入る。

「……魔族と」
「ん? なんです」
「いいえ。何でもないわ」

 ホクシアは言葉を飲み込む。

 ――魔族と人族も争いを続けていれば、何れこの世界と同じ末路をたどることになるのかしら。

 薔薇園の薔薇は争いの跡が色濃く残り美しかった光景は廃れた。
 争いの音が響かないので、リアトリスの言う通り決着は訪れているのだろう。
 ホクシアの心臓が逸る。ヴィオラの安否を確認したい。死を否定したい。その気持ちと同時に――ヴィオラの死が嘘ではない気がして、この先の結末を見たくない気持ちもある。
 それでもホクシアは迷わず進む。
 ヴァイオレットが倒れていた。地面に這いつくばり天に手を伸ばすかのような態勢は何処か、見果てぬ楽園へ救いを求めているようであった。ヴィオラの姿はない。歩みを進める。

「馬鹿っ!」

 程なくしてヴィオラの姿が見えた。ホクシアは力なくその場に倒れる。
 ヴィオラは地面に倒れ、真っ赤な血を流していた。
 ホクシアは手を使って前にヴィオラの前まで進む。

「……シャーロアに、私はなんて説明をすればいいのよ」

 光加減によって青にも紫にも見える美しい水色の髪を優しく撫でる。
 レス一族の末裔。魔術師の世界エリティスの記憶を一人で背負った青年。
 幼い頃のヴィオラが脳裏に過る。妹と仲良く遊ぶ姿は無邪気で愛らしかった。
 けれど人族に村を滅ぼされてからは、無邪気な姿はなりを顰め、人族に対する憎悪の瞳へ移り変わったヴィオラ。背中合わせになって共に戦った姿。
 様々な想い出が再生されて、瞳から一滴の涙が零れた。其れを慌てて拭う。今は悲しみに浸っている場合ではない。

「……リアトリス。ヴィオラを運んで頂戴。私はもう自分で歩けるから」
「嘘。歩けないですよ。私がヴィオラもホクシアも運んであげるよ」
「……そう、有難う」

 リアトリスがヴィオラを左側の肩で俵担ぎをする。そして右手をホクシアに差し出す。ホクシアは右手を支えに立ちあがって、リアトリスの右肩に手を回した。

「ヴィオラ。私たちを先に進めてくれたおかげで、私たちは目的を果たせたわ――有難う」

 言うのを忘れていた、とホクシアは目的を達成出来たことをヴィオラに伝える――ヴィオラがヴァイオレットと戦ってくれたことが無駄でなかったと証明したくて。


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