零の旋律 | ナノ

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「終わりよ」

 ホクシアが刀を構えながら告げる。

「終わらないさ」

 この場には最高責任者の他に二人の人族が護衛のように立っていた。

「終わるわよ、私たちの世界へ踏み入れたことの罰を受けなさい」

 ホクシアの凛とした声は変わらない。
 護衛が一歩前に出る。

「彼らは騎士団とはまた別の、軍属だよ」
「そう」
「全ての戦力を異世界へ侵略させられればよかったが、結界を破壊し続けられなかったのは想定外だった。まさか魔法封じよりも魔力が上回るとは予想外だ」
「それはそうでしょうね」

 ホクシアは同意する。そのことに関してだけはこの男と同じ意見だった。
 魔族の中でも異例なほどに長命。ミルラと同じだけの年月を重ねている魔族は他にも二人いるが、高齢で普段は起き上がることもせず横になっている。だがミルラだけは現役のように動き回ることが出来、まだ数百年の歳月は生きていられるだろう。
 故に、膨大な魔力を有しているため、魔法封じの効力を上回る事が出来たのだ。

「とはいえ、計画全体が破綻したわけではない。お前たち全員を殺して異世界へ侵略をすればいいだけだ。綻びがないわけではないのでな。綻びを見つけては兵士を送り込み、修復されれば綻びを見つけ出す」
「――それをさせないために、終わらせるために私たちがいるのよ」
「だろうな。誠に遺憾だ」
「侵略をしなければ、こんな結末にはならなかったはずよ」
「侵略をせずともこの世界が生き延びられるのならば話は別だったかもしれないが滅亡に瀕して手段を選んでいられる程我らは死の定めを受け入れていない。だからこそ数百年の研究が実ったのだ」

 淡々と語る男の顔には絶望も諦めもない。
 この場所まで辿りつけられた時点で不利であることは認めている。けれどならばその不利を覆せばいいだけだ。
 護衛の二人が武器を構える。
 漆黒の髪を腰まで伸ばしポニーテールで纏めている。眼鏡をかけた姿は理知的で生真面目な印象を与える。戦闘よりも事務処理の方が得意そうな男は刀を鞘から抜き取り構える。
 もう片方は、目算百九十センチ以上はある長身の男で、鍛えられた筋肉の盛り上がりが服の上からでもわかる。体格がしっかりしていて、隣の男の髪を掴んで容易に振りまわせそうだ。此方は斧を構えている。共に三十代中ごろ。
 熟練した雰囲気が漂っている。

「私が終わりにしてあげるわ。異世界は異世界。もう関わりあうことはない」

 ホクシアが断言してから動く。一歩の踏み込みから素早く刀を抜き取る。光の残像が生み出される。切れ味が落ちた所で、刀は振るい続ける。放たれた斬撃は長髪の男に阻止される。
 小手を仕込んであるのだろう、右腕で受け止められた。

「邪魔をするなら殺すわよ」
「それは此方の台詞だ」

 ホクシアは後退してから一閃する。軌道が刹那残る。男は刀で弾く。
 最高責任者が在籍し監視するこの場所は広々としているが、室内で戦うことには変わりなく乱戦するには聊か狭い。
 刀を打ち合いながら、横目でリアトリスをみると、彼女は槍を振りまわし大男と戦っていた――しかし花弁の鞭が付属した槍を扱うためやや戦いにくそうだ。
 だがリアトリスに構っている余裕はない。長髪の男が魔術を放ってくる。紫電が壁を伝い襲いかかってくる。咄嗟に結果で身を守ろうとするが、紫電は結界を無効化してホクシアの身体へ衝撃を与える。

「ああっ」

 唇を咄嗟に噛みしめて苦痛が漏れないようにする。
 身体が思うように動かなくて肩膝をつく。立ち上がらなければと思うのに痺れが全身を襲う。
 隙を見せたホクシアに長髪の男が刀を振りかざしてくるが、風の気配が生まれた事を機敏に察知して後退する。花弁の鞭が前を横切った。後退しなければ己の身体を血祭りに上げていただろう事実に、冷や汗をかく。
 ホクシアは呼吸を落ち着かせる。程なくして麻痺は収まった。お礼を言おうと思ってリアトリスへ視線を向けると、彼女は腹部から血を流していた。

「もー乙女の身体に傷をつけるなんて非道極まりないですよ!」

 軽い怪我ではないのに、普段と同じ笑みを浮かべていた。
 楽しいも、悲しいも、怒りも、喜びも、感情の起伏はあるのに、それが偽物だとわかる感情の起伏がない笑い。

「隙を見せる方が悪いだろ」

 隙とは――自分を守ってくれた時に負ったものだろう。ホクシアは悪い事をしたと思ったが謝ることもお礼も後に回した。
 此処で死んでは意味がない。道を開いてくれた彼らにも悪いし何より世界ユリファスで待っている仲間がいる。仲間を危険な目に合わせるわけにはいかない。ホクシアは長髪の男と向き合い神経を統一する。リアトリスの事は忘れよう。この場はこの男だけを見るのだと自分に暗示をかける。ホクシアは雷撃を放つ。長髪の男はそれを受け止めた。


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