零の旋律 | ナノ

V


 世界ユリファスにエリティスを侵略させることは許さない。
 その決意は、ユリファスの民の大半が抱く共通の思いだろう。ヴィオラも同様の思いを抱きながら、けれどそれ以上の決意を胸に秘めている。
 それはレス一族として、一族皆の記憶を読みとっているから。他の人族にも魔族にもない記憶がある。
 世界の終焉を彩るかのような終わりの空を見続けたレス一族は、青空が広がる世界を見て、涙した。自然豊かな世界がこんなにも美しいものだとは知らなかった。
 その感激は過去のレス一族の記憶。けれど、鮮明に映るそれは――最早、ヴィオラの記憶と同一と化している。
 だから、許せない。

「――守るよ」

 呟きと同時に、トランプが飛来させる。
 六芒星を描くことなく無造作に投擲されたそれは、地面に突き刺さると同時に爆発する。
 ヴァイオレットはダンスをするように交わしていく。洗練された動きは以前闘った時と同様冴えわたっている。
 トランプをひたすらに投げ続ければ、爆風によって徐々に視界が曇る。
 爆風で巻きあげられた土埃にヴァイオレットが目を細めると、真横をトランプが横切る。背後の薔薇に突き刺さり爆発する。
 爆炎がヴァイオレットに直撃する。背中が焼けるように熱い。
 ヴァイオレットは炎を氷の魔術で鎮火させ、白い風を巻き起こし視界を鮮明にする。だがヴィオラにとってそれは想定済み。
 鮮明になったヴァイオレットの瞳には間近に迫ったヴィオラがいた。

「くそっ」

 ヴァイオレットは先手をとられたと悪態をつく。
 トランプをナイフでも扱うように武器にして横へ一線する。ヴァイオレットは咄嗟に腕で防御する。トランプは下手なナイフよりも切れ味がよく、横に切り傷を生み出す。手首が切断されることはなかったが、血が溢れる。
 ヴァイオレットは苛立ちながら銃弾を放つ。薔薇の花弁が散った。

「えっ!?」

 ヴィオラにとって背後にあるはずの花弁が、引き金が引かれたと同時に散った。
 弾丸よりも早く。
 音と同時に。
 薔薇の花弁が無数の刃になってヴィオラを襲う。咄嗟のことで結界を貼るのが間に合わない。ヴィオラは背中に無数の刃が突き刺さる。

「ぐはっ……魔術かよ」

 苦悶の声が漏れる。それでも膝はつかなかった。ヴィオラは背後に刺さった薔薇の刃を魔術で無理矢理抜き取る。血が背中から流れるのが伝わってくる。
痛みが、全身を駆け巡るが、負けるわけにはいかなかった。一度負けた。もう二度と負けない。
 シャーロアの笑顔が浮かんだ。大切な妹。
 妹を守るためにも、エリティスの人族にユリファスを侵略されては叶わない。
 トランプを投擲する。対象物に突き刺さる前に、次から次へと爆発させていく。
 元々六芒星を描くのも、対象にぶつかってから爆発するのも全て――実際は何もせずとも爆発することが出来るという事実を相手に悟らせないためのカモフラージュに過ぎない。
 普段から偽っておけば、いざという時の切り札になる。
 ヴァイオレットの瞳が見開かれるが、魔術を素早く組み立てて跳躍する。風を纏った足は空を駆け巡る。
 轟音が周囲一体を轟かせる。大地が地割れしても不思議ではない音だった。


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